2007/10/16

原発を考える50話

『新版 原発を考える50話』を読んだよ。チェルノブイリ原発事故から、もう21年。

原発について知らないことが多過ぎる。ウラン、プルトニウム、軽水炉、高速増殖炉、原子力船むつ、プルサーマル計画etc。言葉は聞いたことがあるけれども、じゃ実際にどんなもの?というとさっぱり知らず。それがアッシのような普通の人々だと思う。

まずは、日本の原発の現状を紹介。原発の場所や種類など。そして、燃料の話。ウランを燃やすっていうけれども、そう簡単には燃えない。あれこれ加工してやっと燃やせるウランができるわけ。で、燃やした後は、ウランの燃え滓「死の灰」、ウランの燃え残りとプルトニウムが出来る。なんか不思議。
このまま廃棄すると放射性廃棄物。でも、プルトニウムを再生しようとする。でもその計画は頓挫。
夢の燃料なんて有り得ない。何のための核燃料リサイクルなのかなぁ~って思ってしまうよ。

世界的に原発は廃止されていく方向にあるという。しかし、日本ではいまだに原発の必要性が喧伝されている。その一方で、電気を捨てるために発電所を動かすといったようなこともあるという。
本当に電気は必要なのかなぁ~。節電仕様の商品が売れる。その一方でますます電気が作られていく。矛盾しているよなぁ~。

本書が発行されたのが2006年2月。そして、今年。原発のある柏崎で大地震が起きた。筆者の心配が現実で起きた。その後の発電所の様子はメディアでは報道されないようだけど…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/10/12

すばる望遠鏡の宇宙

『すばる望遠鏡の宇宙』を読んだよ。理論の実証をすばるで。

ハワイ島マウナ・ケア山頂(4205m)に建設されたすばる望遠鏡。その建設の歴史、構造と機能、そしてすばるを利用した研究の実績などを紹介した本だよ。写真もいっぱい。

『わかる!宇宙と生命の不思議』に書かれていた太陽系の歴史、太陽系以外の惑星の存在の探求、銀河、銀河団、大規模宇宙構造、ビッグバンなどなど、多くの理論をすばるによって、実証的に検証されていることがよく分かるよ。

ドップラー効果で太陽系外惑星の存在を確認する方法も理論的に解説。そして、すばるで直接観察することができるのも間近かも。期待できそうだよ。

もっとすごいすばる。128億光年もの彼方の銀河が観察できる。宇宙の歴史が137億年といわれているから、128億光年はすごい。それは宇宙の誕生の謎に迫る可能性が高くなること。だから、今後が楽しみ。

科学の夢は尽きないよね。でも、すばるプロジェクトにはどれだけの経費が掛かっているのだろう。すばるの成果がこうやって紹介されるのも、大学共同利用機関として説明責任を果たしているんだろうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/10/07

最高学府はバカだらけ

『最高学府はバカだらけ』を読んだよ。アホ、バカの連発っていう本も珍しい。

世間にあまり知られていない大学の内幕をレポートした本だよ。

まずはバカ学生の実態レポート。想像を絶する…。

そして、そのような学生を生んだ原因を探る。それは大学なのかそれ以外なのか。大学以外の原因として、高校、親、文科省などが上げられているよ。

そして、大学にも責任が?推薦・AO入試の増加や、教職員の不能、広報機能未発達、そして情報隠蔽など。
情報隠蔽はよく分かる気がするよ。仕組み的な問題だしね。それ以外はう~む。
どちらにしても、高校、親、文科省、大学が自分の立場でしかモノを考えていないというところに問題があるような気がするよ。それぞれがバカっていうことなのかもしれないけど。

で、大学は今どんな改革を行っているか。たぶん、改革として手を打っていない大学は無いと思うけど、その改革が的を得ているのかというと、そうでもないみたい。
一番分かりやすいのが、ヘンな大学名や学部名。ノースアジア大学とかシティライフ学部とか人間キャリア創造学科とか…。確かにアホっぽいと思う。

じゃ、ホントにアホっぽい大学ばかりか?というとそうでもない事例を紹介。。そこで多少救われるんだけど。

副題は“全入時代の大学「崖っぷち」事情”。これで多少本題の衝撃度を和らげているけれども、本題と副題が逆だったら、これだけ売れなかっただろうなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/09/30

わかる!宇宙と生命の不思議

『わかる!宇宙と生命の不思議』を読んだよ。第二の地球は確実に存在するね。

ある天文学者が自分の甥に対して、宇宙について語るというシチュエーション。だから、丁寧に分かりやすく書かれているよ。図とかは少ないけど、文章で説明するのは難しい話なのにね。

冒頭は「地球の生命はどこから来たのか」。天文学者の話だけあって、宇宙から来たということが前提に話が進むよ。そう、それが現実的なのかも。ただ、じゃ、その宇宙から来た生命はどこでどのように生まれたのかという疑問は残るけど。

そして、地球。温暖化の話が中心。これは第二の地球を探そうという本書のテーマのきっかけになる。ホーキングによると、地球はあと1000年で温暖化によって住めなくなってしまうとか。ところがさらに恐ろしいことに、宇宙スケールでは、1000年も100年も大差がない。あと100年…。生きていないから、まぁいいか。

地球を離れて、月、太陽、太陽系惑星、銀河系と話は続き、後半部で第二の地球を探す。恒星までの距離の測り方とか、観察の手法とか、中学生には難しそうな話題もあるけど、きちんと説明しているよ。

さて、第二の地球はあるのだろうか。この本を読むと、どこかに必ずあると思えてくるよ。温暖化で生命が危ぶまれるようになったら、第二の地球に移住するしかないのかと思うけど、6500万年前に絶滅した恐竜のことを思うと、地球と心中してもいいんじゃないかなぁ~って気もするよ。

最後に。本書は『この宇宙に地球と似た星はあるのだろうか』の改定本。実はこれを読んだことがあったから、アッシ的には再読。でも、きちんと冥王星は惑星から外されていたよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/09/25

ある漂流者のはなし

『ある漂流者のはなし』を読んだよ。人間の生きる力とは…。

2001年の夏、長崎県から銚子沖まで、小さな漁船で37日間漂流した武智さんのドキュメント。

それにしても、壮絶な漂流記。漂流記と言えば、大黒屋光太夫の話を思い出すけど、こちらは現代。しかも単独。
って言うか、壮絶でない漂流記なんて考えられないけど。

やっぱり、漂流の苦しさは水だよね。漂流の後半は水の話ばかり。海水を沸かして、蒸気を舐めたりの創意工夫をする。でも、最後はその気力もなくなるんだけど。
海が時化たのに、雨が一滴も降らなかったというのも不思議な感じ。素人的には、海が時化るのは台風とか嵐っていうイメージがあるから。

武智さんの人生も平行して語られる。漂流中は色々なことを考える。自分の人生を振り返る。普通の生活をしていれば、そんなことは考えないんだろうけど。

そして、今の武智さん。漂流のことは何も思い出さないと言う。これもまた不思議な感じ。自分のこととして捕らえられないくらい、壮絶な37日間だったということなのかなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/09/23

生きて死ぬ私

『生きて死ぬ私』を読んだよ。茂木先生、若き日の原点。

いつものように、これは哲学か?科学か?というような得体の知れない話。でも、そこが新鮮で面白い。

自分の存在と死について、考えさせられる一文。

私たちは、死後、自分が存在しなくなってしまうことを、割り切れないように思う。世界でどんなことが起ころうとも、もはやそれを見、感じる自分がいないことを不条理だと考える。しかし、その一方で、自分が固体としてこの世界に生まれてくるまでの時間の流れの間、自分が宇宙に存在しなかったことに関しては、何の疑問も、不安も抱かない。

ホントだ。自分の存在って、宇宙の歴史と比較すれば、時間的には微々たるもので、生まれる以前っていうのは死んでいたのと同然なんだよね。だから、死ぬっていうことは、単にその時の状態に戻るのかも。これはすごく不思議な感覚。この感覚で死を考えると、死に対する恐怖が薄らぐよね。っていうか、アッシの場合はまったく無くなる。

そして、「悟り」について。筆者は、臨時体験した人が「すべては満たされた状態にある」という至福感を語ることに対して、違和感を持つ。

全知感、あるいは「悟り」というものに、違和感を覚えていたのである。その違和感とは、「悟り」における全知感は、実は、何も具体的なことを知らない状態、すなわち無知の状態に他ならないのではないだろうかということである。

この状態は、

もはや自分にとって未知なものに立ち向かう緊張感が欠けてしまうのではないか。
ということだと茂木先生。そう、どんなに賢い人でも、新しいものに向かう緊張感ていうものがあると思う。それがない状態って、人間として死んでいるのと同じなのかもね。

後半は「意識の変性状態」がテーマなんだけど、対外離脱体験についての話が不思議な感じ。茂木先生は真剣に対外離脱体験を科学しようとしているよ。どうして、ここまで分析する必要があるのかがアッシにはよく分からない。

最後のほうは、エッセイっぽい。内容は若き日の日常だから、まさに原点なのかもね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/09/11

はじめの哲学

『はじめの哲学』を読んだよ。存在の冒険は遭難気味…。

存在の国(今の世の中のこと)の「いちばん最初の根っこ」を探し出すことを、冒険になぞらえて語った本。

存在の国の定義(広さ)から始まって、目指す目標(「いちばん最初の根っこ」を探すこと)の設定をする。そして、「いちばん最初の根っこ」を探す旅に出る。
まずは、一番近道になりそうな科学を手段として目標に挑む。ところが科学も迷信のうちにひとつに過ぎないと…。

ようするに科学における「根っこ」とは、経験の拡大によりいくらでも変化していく、つねに「とりあえずの根っこ」なのです。現代の人間が正しいと思っている科学法則も、後世の人から見ればとんでもない陳腐なものかもしれません。ですから、これを「いちばん最初の根っこ」とするわけにはいかないのです。
これはまさに『 99・9%は仮説』に書かれていたことと一致する。要は科学は仮説(ここでいう「とりあえずの根っこ」)の上に成り立っているんだよね。

そして、意識の問題。デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」についても、「いちばん最初の根っこ」にはなり得ないことを、三段論法を使って説明。これは面白い。

存在の国の冒険の旅は続くが、一度結論に近い定義が出る。「生きているから、すべてはある。」がその結論。ところが、冒険の旅はさらに続く。「死後にも世界がある」という仮定。こうなるともう科学とか哲学の問題ではなく、

この存在の国の「いちばん最初の根っこ」とは、私たち人間にとって、「死後の世界の有無」という証明不可能な命題の向こう側に、永遠に封じ込められているわけですから、「いちばん最初の根っこ」を手に入れようとする宗教は、この理性の限界を踏み越えて、「死後の世界の有無」のいずれかに賭けるしかありません。
と、宗教の問題になってしまうという。

とりあえず、哲学の初歩として、分かりやすいと思う。哲学者の考えていることがまとめられていると思うよ。
このところ読む本に関連があったのも、アッシ的には嬉しいし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/09/09

99・9%は仮説―思いこみで判断しないための考え方

『99・9%は仮説―思いこみで判断しないための考え方』を読んだよ。竹内薫の著作は、分かり易くて面白いよ。

世界は仮説でできている…なんていきなり言われても、「なにそれ?」って思うかもしれないけど、まさに世の中は仮説だらけ、科学は万能じゃないって言われても、「それってどういう意味?」になると思う。それを多くの事例を交えて、見事に解説してくれているよ。

ヘンな常識ってあるよね。これって単なる仮説。例えば、「地動説」がまさにそれ。ガリレオ・ガリレイが地動説を説明しても、地球が動いているはずがないっていう仮説が前提になっているから、誰もが理解しなかったわけ。こんな事例が世の中にはいっぱい。
もう一つの事例。冥王星は惑星から降格されたけど、結局これも仮説がひっくり返っただけの話だよね。

結局、

世の中に未来永劫正しいことなんて存在しない。なぜなら、人間の考えることは、すべて「仮説にすぎない」からです。
と筆者。

そして、科学とは何かの話題。科学は仮説に集まりでしなかいんだよね。そう、地動説に戻って考えてみれば、太陽が動くという仮説が、ガリレイによって地球が動くという仮説に変わっただけの話。

そうやって考えてみると、われわれが知っている科学も、実は、科学史でしかないことに気づきます。 いま現在起きていることは、じきに歴史になります。それと同じで、いま現在進行中の科学も、すぐに科学史になります。 つまり、科学とは、いちばん新しい仮説の集まりにすぎないのです。 科学はあくまで文化であり、それゆえに永遠の真理にはなりえないのです。
「話が通じない人」の話も面白いよ。話が通じない人との話ってイヤになるけど、要はその人と自分の前提としている仮説が違うからなんだという。 だからと言って、同じ仮説の上に立つのも、非常にエネルギーのいることなんだけどなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/09/08

春宵十話

『春宵十話』を読んだよ。数学者はエッセイがお好き?

数学者・岡潔のエッセイ集。1963年に刊行された単行本の文庫版で復刊したもの。

筆者の「教育は情緒である」という考えが本書で貫かれているように読めるよ。情緒は人間にしかない。しかしながら、戦後の教育は人間性を育てずに、動物性の面ばかりを育てているという。「きょうの情緒があすの頭を作る」とも。
そして、いまの教育に対する不安を、

二十歳前後の若い人に、衝動を抑止する働きが欠けていることである。抑止の働きは大脳前頭葉の働きで、大脳前頭葉を取り去ってもなお生命は保てるが、衝動的な生活しか営めない。試験のときでも、意味も十分にわかっていないのにすぐ鉛筆をとって書き始めるなどは衝動的な動作だ。
と述べているよ。 冒頭に書いたけど、これが1963年。今から40年以上前なのに、今でも通用する言葉。まったく古くなっていないのがすごく不思議な感じだよね。その頃からそういう傾向が始まっていて、岡先生はそれに早くから気が付いていたっていうことなんだろうね。

そして、小学校教育についての私見。

だいたい小学校は道元禅師の「たとえば器に水を移す如くすべし」の時期である。文化に対する親和力を養うべき時なのであって、いわばすべてをとり入れるのである。次に批判でなく玩味をさせるのである。玩味とは長所に目を注ぐことである。欧米に対するいわれのない劣等感は、この時期にちゃんとやっていないのに由来するように思える。つまり学ぶべき時期に学んでおかなかったから、季節はずれにまねてばかりいることになるのである。
これは、まさに藤原正彦氏の教育論の原点のような。どうも数学者というものは、論理よりそれ以前の大元を重要視するんじゃないかなぁ~って思えてくる。

最後にもうひとつ引用。

よく人から数学をやって何になるのかと聞かれるが、私は春の野に咲くスミレはただスミレらしく咲いているだけでいいと思っている。咲くことがどんなによいことであろうとなかろうと、それはスミレのあずかり知らないことだ。咲いているのといないのとではおのずから違うということだけのことである。
岡先生も、春のスミレちゃんがお好きなようで…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/09/04

闘う物理学者!―天才たちの華麗なる喧嘩

『闘う物理学者!―天才たちの華麗なる喧嘩』を読んだよ。筆者の竹内薫氏に興味。

世界で名立たる物理学者同士の論争や、物理学者が戦った諸々の事象などをエピソードを中心にまとめた本。もちろん、物理学そのものも話題として解説されているから、物理学者を知りながら、その物理学者が考えた物理学も勉強できるよ。

さて、物理学者は誰と何と闘ったのか?
例えば、ガリレオvsローマ法王。これは有名な話だからよく分かる。ただ、ガリレオの裁判については、詳細を知らなかったけれども、本書でよ~く分かったよ。

そして、アインシュタインとボーア。「永久にわかりあえない2人」という章題。実在論のアインシュタインと実証論のボーア。この二つの概念の言葉は以前の本でも見掛けたけれども、よく理解していなかった。本書ではなるほどなぁ~と思える解説で、多少は理解できたかも。論争の内容が量子論だから、余計に理解しにくいかも。

日本人同士の喧嘩もあるよ。湯川秀樹と朝永振一郎。ただ、この二人の場合は喧嘩まではいっていない。湯川秀樹は朝永振一郎をライバル視していなかったから。

現代の物理学者として、ホーキングの話題も。そのホーキングの言葉。

「宇宙の初期において、時間を虚数にすると特異点が消える」
「時間もある見方をすれば虚数だし、別の見方をすれば実数だ。宇宙の初期において、時間が虚数だろうが実数だろうがどちらでもいいじゃないか」

ホーキングは実証論者だと。う~む、数学的な結論らしいけど、頭の中ではまったく理解不能。でも、その結果が面白いなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/08/26

飛びすぎる教室―先生の雑談風に

『飛びすぎる教室-先生の雑談風に』を読んだよ。清水センセーのお勉強エッセイは教科の枠を越えて…。

「先生の雑談風に」という副題にあるように、教科書に出ていない話題を先生の雑談風にまとめたもの。教科書通りじゃなくて、ちょっとした先生の雑談て、結構記憶に残るもんなんだよね。…と言いながらも、アッシにはそんな記憶がない。高校になってから、生徒がだらけて来ると雑談をする先生はいたけれども…。

でも、清水センセーの雑談は面白いよ。楽しく聞けるよ。

で、全体のテーマはイスラム教の国々のこと。センセーの趣味の海外旅行での出来事とそれらの国々にまつわるモロモロなんだけど、これが実に奥が深い。そして、話は世界史へ。

虚心になって思い出してみると、我々が世界史として習ったことの偏り具合はあきれるほどである。 四大文明の次に、ギリシア、ローマ史をやり、キリスト教関係のこと(日本人にはどうもよくわらかない)をやけに細かく見ていって、ルネッサンスと大航海時代を見て、市民革命と産業革命を学んだら、あとは近代の戦争に突入。 考えてみたら、西洋史(あとのほうにアメリカ史を足す)ばかり習ったのである。
まさに仰るとおりだよね。あと、ちょっとだけ中国のことをやる。 そんなわけで、センセーの雑談は、イスラム教の国々に偏っていく。それはそれで雑談だからいいんだけど。

料理の話、暦の話、奴隷の話、墓の話、天使の話、聖書の話、旅行の話etc。どれも世界史に関連してきて、面白い、ヨーロッパだけが世界じゃない…っていうのがよ~くわかるよ。
アッシ的には天使の話が一番面白かったかなぁ~。勝利の女神ニケの英語読みが、スポーツシューズのナイキだってなんてね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/08/25

歴史家の自画像―私の学問と読書

『歴史家の自画像―私の学問と読書』を読んだよ。阿部先生、最後の上梓。

主に読書に関する筆者のインタビュー、講演、論文、エッセイをまとめた本だよ。

前半のインタビューは、寛いだ感じで阿部先生が答えているので、読みやすく親しみやすい感じ。

そして、「文明としての学問」は新しい視点。文化と文明の違いについて述べているよ。まずはそれぞれの担い手が違うということ。文明の担い手は、文化の担い手からは足を抜かなければならない。そして、文化は地域限定、且つ不合理なものも含まれる。ところが文明は、合理的、普遍的なものであると。
そして、日本について。

はっきり言えば日本には文明がないのです。日本は文化国家ではあるけれども、文明国になろうとしたことはない。文明とは何かと言うと、さっき言いましたように、誰でも受け入れる。そして合理的で機能的だという性質を持っていますから、当然、出入国管理法などとうるさいことは本当は言わないほうがいいわけです。
うん、よ~く分かる。

さらに引用。

これまで文明の担い手たちはうまくやってきたわけですが、最近はどうもうまくいかなくなってきた。つまり歴史学も文書だけではだめなのです。絵画を読まなければいけない。イメージ・リーディングをしなければならない。あるいは臭いとか色とかに目を向けなければならない。あるいはもっと別なものに目を向けなければいけないということが言われてきて、いわばモノを媒介とする観点に目を向けようとしていることは、文明の学問が自分の限界にやっと気づき始めてことを意味してます。
そう、合理的な文明では説明できない世界もある。これはクオリアのことを言っているのではないかなぁ~。

さて、最後のエッセイ。阿部先生の名前の由来について、書かれているよ。

私の名前自体かなり勝手な遊び人だった父が、男の子を授かった機会に以後は謹みますと母に誓ってつけられたらしい。
などと、父親の思い出話など。題名は「亡き父との再会」。なんだか、自分の死が近いことを悟ってのエッセイかと思ってしまうが、本書のあとがきの日付が、2006年8月11日。亡くなったのがその翌月の9月4日のことだった。 改めてご冥福を祈ります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/08/18

縦糸横糸

『縦糸横糸』を読んだよ。テーマは日本人論?

新聞に連載されていた河合隼雄のエッセイ集。その時々の時事から話題を選んで論じているよ。キーワードは、子育て、教育、科学技術、文化社会、宗教など。

1996年からのエッセイなんだけど、子供が絡む事件が多いよ。だから、教育とか家庭がテーマとなる。そして、やはり比較になるのは欧米との比較。それが筆者なりの日本人論に繋がっていくよ。
例えば、個人主義について。欧米の個人主義はキリスト教を支えとしている点に特徴があるという。この為に個人主義が利己的にならないとも。では、日本はというと、

日本は「イエ」の倫理で生きてきた。昔からの「イエ」は無くなったかのように見えるが、日本人は意識的、無意識的に代理の「イエ」をつくり出してきた。
という筆者。そうそう、この「イエ」って、まさに「世間」を言っているんだろうなぁ~。阿部謹也氏の考え方に近いんだろうなぁ~。 ただ、阿部先生と違うのは、河合氏はここに日本人の宗教性を見ていること。この「イエ」によって、日本人は安心立命をはかったきたという。
日本人は宗教や倫理の問題を、日常生活のなかに混入させて、生きてゆく方法を知っている不思議な民族なのである。
と。この生き方、日本人らしいなぁ~。

もうひとつ。キリスト教以前に、中西部ヨーロッパに住みケルト語を話していた住民ケルトの話題。ケルトは相当な文明を持っていたが、文字を持たなかったことなどがあり、キリスト教文明によって消滅させられていったという。ここで引用。

ケルトは文字を持たなかった。それは未発達なためではなく、むしろ文字を持たない文化をどんどん発達させてゆくためなのだ。これは西洋近代の知の在り方とまったく異なることだ。人間と自然、精神と肉体、などが明確に区別され、それらを記号で表し、それらの関係を明確にしてゆくのが西洋近代の知だ。それに対して、ケルトはその文様のように何もかもがからみ合っていると考える。
西洋近代の知と数字や数式で表されるものと考えれば、ケルトの文化はまさにクオリアの世界なんじゃないかなぁ~?だから、両方とも必要で、二者択一的な問題じゃないんだろうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/08/16

村上春樹、河合隼雄に会いにいく

『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』を読んだよ。河合隼雄に興味。

タイトルの通り、作家・村上春樹と心理療法家・河合隼雄の対談集。対談集なんだけど、それぞれのコメントが頭注と脚注に付けられていて、どうも読み難い本だよ。読み方に工夫がいるかも。

村上春樹が非現実的なことを言い、河合隼雄が現実的な答えでそれをまとめるというパタンのような。

キーワードは、「コミットメント」。あちこちでこの言葉が出てくるけど、逆意としてデタッチメントもよく出てくる。オウムとか阪神淡路大震災とかがその事例。今の若者たちの状況について、

いまの若者たちは、ちょっとわからなくなっているんですよ。ドライだとか無気力だとか言われているけれど、今の学生たちは、かつての学生たちがやったデタッチメントということは失敗に終わったということをよく知っているから、そのまねはできない。かといって、何にコミットしていいかということがぜんぜんわからない状況にいまいるのですね。
と河合氏。アッシ的には、コミットメントとデタッチメントの意味がこれでよく分かったような。

もうひとつ。韓国の個人主義について語るんだけど、韓国は個人主義というよりファミリー・エゴなのではないかと。で、日本人については、

日本人はファミリー・エゴともまた違って、フィールド・アイデンティティーで、その場その場をアイデンティティーの基礎にしてしまうという、非常におもしろい性質を持っているから、会社をフィールドにしたり、家庭をフィールドにしたりで、その都度うまくやっているのですね。
と河合氏。これって、「フィールド」=「世間」ってことだよね。同感、同感。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007/08/15

ウェブ人間論

『ウェブ人間論』を読んだよ。ウェブって、人間の生き方まで変えられるのかなぁ~。

『ウェブ進化論』の筆者・梅田望夫と作家・平野啓一郎の対談集。作家というと文系の代表でIT系に疎いというイメージがあるから、対談の相手としてはよかったかも。でも、平野氏自信はかなりウェブに詳しいよ。

本書の重要なテーマのひとつが「リアル社会とネット社会をどう使い分けて生きていくか」。人々がブログを書く理由は何か?から始まって、リアル社会で言えない本音をブログで書くというパタンを例に生き方の変化を語る。特に匿名で書く場合と名前を出して書く場合では、リアル社会への影響に大きな違いがあるとの指摘。確かにそうだよね。
あと、リアルで語る場合とネットで語る場合の「齟齬」があることが多い。これは両方合わせて一人のアイデンティティーなんだという考え方で説明しているよ。こちらもなるほどなぁ~。

で、作家が登場したからには、著作権の問題も避けて通れない。ここで二人の意見がぶつかる。本が売れなくなるのではないかという考え方を、まったく別の視点から否定する梅田氏。オープンにすることで、別の需要を掘り起こせると言い切る。梅田望夫っていう人は、どこまでもネット崇拝的な考え方をする人なのだろうなぁ~。この点では、平野氏が押し切られたと言う印象だよ。

梅田氏のような考え方は、分かる人には分かる。分からない人にはさっぱりというような気がする。アッシもこれからのネット社会の動向をよ~く見守っていかなくてはね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/08/13

戦争遺産探訪 日本編

『戦争遺産探訪 日本編』を読んだよ。季節柄、戦争について考える。

日本各地に残る戦争のために作られた建物、構築物、鉄道等の残骸をレポートした本。意外なところに意外なものが残っていてビックリ。
特にアッシの職場近くは皇居が近いこともあって、いろいろな遺産が残っている。北の丸公園内とか靖国神社周辺とか。その中でも銅像。皇居周辺は銅像をあちこちで見掛けるけど、場所を移動されたりしているものが多いらしい。理由もそれなりに有るんだけど。職場近くを花散歩するときに見掛けた銅像にこういう歴史があったとは…。

千葉周辺も興味深い。特に日露戦争直前に編成された鉄道連隊。東武野田線や新京成線も敷設したとのこと。新京成線は演習用とのことでカーブだらけ。一時期、通学で乗っていたことがあったけど、なんでこんなにクネクネしているんだろうと思ったけど、やっと理由が分かったよ。

日露戦争と書いたけど、そう、ここでいう戦争とは第2次世界大戦の話だけではないよ。西南戦争から日本の軍事は始まっていて、第2次世界大戦まで繋がっているわけ。日本の近代史を戦争を通して理解できたような気がしたよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/08/07

独断流「読書」必勝法

『独断流「読書」必勝法』を読んだよ。清水センセーの文学講座。

内外の小説を筆者独自の視点からあれこれと語ったもの。例によって、西原画伯の絵が強烈。

まずは海外作品。アッシ的には殆ど読んでいない。『ロビンソン・クルーソー』だけか。民俗的な知識がないから、遠慮しがち。そして、今になって読む気になっているかというと、やっぱりそうでもない。

そして、日本文学。全体的な印象なんだけど、近代日本文学って結構エロチックなものが多いなぁ~って感じ。だけど、微妙な表現でそれを表したりしていて、いかにも文学的。表現の規制の為に、そうならざるを得なかったんだろうけど、そういう表現を通して、昔の人たちは小説を楽しんでいたんだろうね。特に泉鏡花の『高野聖』なんて、怪異譚の中にエロチック。そんな話だなんて知らなかったアッシ。

もうひとつ。『濹東綺譚』のシーン。長いけど、本書から引用。

玉の井はよく知られた色街のひとつである。 そこで、煙草屋で煙草を買ってつり銭を待っていると、ふいに激しいにわか雨になる。傘を持っているのでそれを広げたところへ、いきなり後方から、「檀那、そこまで入れてってよ」と若い女に声をかけられ、相合傘はためらわれるので傘を貸す。 そして女の家に行き、つい、一時間ばかりをそこにすごす。
このシーン、要は色街で客になったということだと筆者。大人の小説だ。

文中に書かれていないことも、知識と想像力で補完して楽しむ。なかなか小説を読むのも、難儀なことだなぁ~。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/08/01

やっとかめ探偵団と殺人魔

『やっとかめ探偵団と殺人魔』を読んだよ。清水センセーの推理小説だがや。

ちょっと前にNHKのTV番組「課外授業 ようこそ先輩」に清水センセーがご出演していたよ。それを見て、また清水センセーの著作が読みたくなり、番組の冒頭で紹介された本書を借りてきたわけ。

TV番組の冒頭で、本書を朗読する筆者。
「波川さん、波川さん、どえりゃーこったぎゃあ」
いきなり強烈な名古屋弁。推理小説といえば、日本語的に難しい表現は少ないので、スイスイ読めるという印象だけど、本書はこんな調子で名古屋弁のオンパレード。だから、やけに会話シーンでガクッと読む速度が落ちる。リズムが取れないというか。それでも、名古屋弁に慣れてくると、スイスイ読めてくるから、面白い。

そして、小説の中身。それぞれの小事件は単独で読んでも面白いけど、最後の大事件はその連作になっているよ。だから、小事件でいろいろな布石があるわけ。

奇抜なトリックがあるわけでもなく、ごく普通の読み物だけど、結局名古屋弁の威力に圧倒されてついつい読み進んでしまうような本でした~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/07/29

理系白書 この国を静かに支える人たち

『理系白書 この国を静かに支える人たち』を読んだよ。サブタイトルがいいねぇ~。

サブタイトルは~この国を静かに支える人たち~。「静かに」という副詞が何とも言えず理系の性質を現しているようで、何とも言えず嬉しくなる。

で、本の内容。日本社会は何事においても文系優位だと。特に地位や報酬など。理系離れが加速する中、頑張っている理系人もたくさん居る。それらの人々を紹介。

地位や報酬に文理で差があるのは分かったけれども、それ以外での理系の実態。大学院の話が後半は多数。ポスドク、研究費、大学の組織構造etc。アッシのお仕事にも関連する耳の痛い話ばかり。特に研究費の配分についての実感は本書と同じ。重点配分か、均等配分か…は永遠の課題なんだろうね。

本書を読むと、理系の悲哀ばかり。もともと小学校の頃から理科や算数の面白さを伝えられない教育の問題に行き着くような気がするんだけど。理科好きの小学校の先生ってそれほど多くはないんだろうなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/07/19

森林からのニッポン再生

『森林からのニッポン再生』を読んだよ。山村暮らしに憧れはあるけど~。

日本の森林を取り囲み、様々な視点から森林を語る本だよ。単なる自然学ではなく、どっちかというと社会学系の本かも。だから、森林というより、林業をイメージしたほうがいいかも。

森林に対する一般的な「常識」も覆す話題もあるよ。っていうか何度もそんな話が出てくる。世間の「常識」とは、単なるイメージでしかなく、実際とはかけ離れている場合が多いよね。
例えば、天然林と人工林。どちらが優れているかなんて一概には言えない。でも、イメージとして、「天然林>人工林」という「常識」はあるかも。環境にやさしい人工林だってあるし、生物多様性の高い人工林だってあるってわけ。

そして、自然と人との関係性。

人間と自然を対立物として見るから、人がいなくなっても自然は困らないと思いがちだが、実は自然も人間に依存している面があり、人がいなくなると困るのではないか。
人間は、否応なくキーストーン種になった。キーストーンとは、生態系全体に影響を及ぼす核となる生物種のことだ。
<中略>
もし人間がいなくなれば、自然界も大変動を引き起こすだろう。
…と筆者。まさにおっしゃる通り。「自然とはシステム」であるというのも、この一文が意味することを同じだよね。

最後にマニアックな薀蓄を。
明治の半ば頃、もっとも人口の多い都道府県は、新潟県だとさ。米どころとして人口扶養力が高かったからとの分析。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/07/13

意識とはなにか

『意識とはなにか』を読んだよ。脳という物質の振る舞いが、どうしてこうも悩ませるのか…。

テーマはいつもの「クオリア」。
そして、<あるもの>が<あるもの>であることの同一性の認識がどのようなものであるかを、それを様々な角度から分析する。

まずは、「やさしい問題」と「むずかしい問題」の議論。どんな問題でも、やさしく扱えもするし、むずかしく扱えもする。これが何とも不思議。ところが、「むずかしい問題」は「やさしい問題」の前提条件であると筆者。「むずかしい問題」を封印することで、「やさしい問題」が解決するから。
ここで、「やさしい問題」、「むずかしい問題」とは具体的に何か?という点には触れないよ。本書を読んで欲しい。

あと、「ふり」の議論。これも、「やさしい問題」と「むずかしい問題」の応用編。結局は、「むずかしい問題」の封印なんだけど。

「クオリア」は常に生成されるものだと。「心の考古学」という表現も。小学生の<私>と今の<私>は当然違う。<私>が感じるクオリアは、さまざまなものの関係性によって生成されたものであるから。

分かったような、分からなかったような。でも、イメージとして「クオリア」が頭の中で理解したような…。あ~、これは完全に「むずかしい問題」だ~。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007/07/01

事物はじまりの物語

『事物はじまりの物語』を読んだよ。日本人の創意工夫がよく分かるよ。

物事のはじまりをまとめた本。条件として、「日本人の」、「江戸から明治にかけての」が付くけど。

取り上げたテーマは、解剖、スキー、石鹸、洋食、アイスクリーム、傘、国旗、幼稚園、マッチ、電話、蚊帳・蚊取り線香、胃カメラ、万年筆…で全部。

ちょっとした薀蓄話なんだけど、それぞれが楽しい話だよ。

大黒屋光太夫はスキーしなかったとか、国旗が以外に新しいものだったり。
電話の事始め。「申す、申す。」が「もしもし」として今でも使われている。この「もしもし」って単独で聞いてみると変な感じ。
胃カメラの項も面白い。昔はずいぶん太い胃カメラを飲み込んでいたんだね。光ファイバー様々~。

時折、筆者の思い出話が出てきたりするのもワンポイントで楽しい。事務所のことを「帳場」と書いてあっり、洋傘を「蝙蝠」と呼んで不気味がられたり。
職場で「帳場」って言葉、使ってみようかなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/06/28

算法少女

『算法少女』を読んだよ。カテゴリは歴史小説…。

時は江戸時代。父親から算法(和算)の手ほどきを受け、その実力が評判になった少女のお話。小説のモデルが実在したらしく、実際に『算法少女』という和算書があるらしいよ。

小説の中身は、少女の算法の実力を知った大名が、お姫様の算法指南役として屋敷に上げようとしたが、邪魔が入り、色々と事件が起こるという、極々普通のお話。

江戸時代の和算は、学問というより武術に近いイメージかも。○○流、××流などの道場があって、そこで手ほどきを受ける。当然、流派同士の対立もある。だから、算術式は秘伝の秘。これじゃ、学問的な発展はなく、西洋数学に遅れをとるわけ。実際、ニュートンやライプニッツと同時代を生きた関孝和は、微分積分法の考え方に達していたという話し出し。

ちょっと、話が逸れた。江戸時代に発刊された『算法少女』には、円周率の級数的計算方法が書かれているとか。アッシも遠い昔に習ったなぁ~。忘れたけど~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/06/26

われわれはどこに行くのか?

『われわれはどこに行くのか?』を読んだよ。地球学的人間論って何?

中身は人類とか宇宙とか地球とか。ざっくり言うと環境論。地球システムって本当にすごいと思う。酸素だって、生物圏の排泄物なんだものね。
排泄物っていうと聞こえは悪いけど、廃棄物っていうと例のゴミ問題と結びつく。本書でいう「地球システム」とはここでいう「環境エンジン」なんだよね。

そして、人間圏という考え方。現在の人間圏は「地球のモノやエネルギーの流れを速めている」ということになると筆者。人間圏の地球へのインパクトを考えると、人間圏の存続時間は地球の誕生からの時間を大きく締めていることになるという。絶対時間はたかが一万年なのに…。

さて、アッシの以前からの疑問に答える箇所有り。ビックバン以前はどうだったのか?
理論的な説明として「インフレーション宇宙」というものがあるとか。よく分からない…。
やっぱり、モノの世界だけでは説明できないんだろうなぁ~と納得し、結局、我々はどこに行くのかは分からずじまいでした~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/06/23

小さい駅の小さな旅案内

『小さい駅の小さな旅案内』を読んだよ。旅の範囲は小さいとは思えないんだけど…。

鉄道を利用した関東近県の日帰り旅案内。関東近県といっても、神奈川、千葉、長野、一部山梨のみ。筆者の嗜好の表れか。あと、日帰りの為か、新幹線や特急もフル活用。で、実際に現地にいる時間は数時間。なんか勿体ないなぁ~という気分。

それでも観光地はまったく登場せず。そのこだわり方がいいよ。まったく無名の小さな駅に降り立ち、駅間をウロウロと歩く。ガイドブックとは無縁の世界。そこには人に知られない素晴らしい場所がある。そこに住んでいる人にとっては、日常の場所なのにね。

旅って日常からの脱却だけど、観光地は日常の延長でしかないよね。だから、人知れずの場所への旅にアッシもあこがれるんだろうなぁ~。

そういえば、本書に登場する唯一観光地と言えば、真鶴のような…。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/06/21

アインシュタイン丸かじり

『アインシュタイン丸かじり』を読んだよ。「あること」さえ認めれば、目から鱗。

アインシュタインに関する新書が出れば、必ず目を通すようにしているアッシ。過去に何冊も読んでいるけど、「完全に分かった!!」と自分の身になる理解までは辿り着ける本には出会わず。
で、本書。アッシ的に明かりが見えたのは事実。文体がよいせいか、説明が分かりやすいし。

時間が遅れるとか空間が縮むとかの解説も、光速になるほど顕著に現れる理由も数式で示されているのでスッキリ分かる。これは数学の威力。

さて、冒頭の「あること」とは。それは、光速とは相対的な速度ではなく、絶対的な速度であるということ。これは、時間と空間が相対的であることを意味すると。

一般的には、距離や時間は絶対的なもので、速度は相対的なものだけど、これが逆転するのだから、理解は進まないよね。

L(距離)=v(速度)×t(時間)
こうやって、数式で表すと、距離と時間が可変になるのが分かるよね。

あ~、アッシの理解が正しいかを確かめる為に、誰かに説明してみたい~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/06/09

フューチャリスト宣言

『フューチャリスト宣言』を読んだよ。茂木さんの考えていることが徐々に理解できてきたような…。

最近アッシが注目の茂木さんと梅田望夫氏の対談集。アッシと年代が同じだけに、共感する部分が多々あり。例えば、アポロ11号の月面着陸。アッシも宇宙漫画を夢中で読んでいた。未来は希望に満ちていたよ。自分が大人になったら、どんなにすごい世の中になっているんだろう…と。

さて、お二人の対談。アッシ的に注目に値する発言が多数。例えば、

大学で教えるエネルギーをブログにかけたい
大学はもう終わっている
など。要は、学ぶためのコンテンツは、大学の講義で入手できるコンテンツは、Internetで公開されているコンテンツに敵わないってことなんだとアッシは理解。
だから、
好きということのすさまじさ
という発言も理解できる。

巻末に両氏の中学生と大学生と対象とした講演の発言が収録されているよ。たぶん、当時のアッシがそれを聞いて完全に理解したかというと、それは疑問。でも、今の若い人はそれを理解できるのだと思う。うらやましい気分。
茂木さんの発言。

プロフェッショナルの定義というものは、自分のやっていることに快楽を感じる人。しかも、生物学的に単純な快感じゃつまらない。そうではなくて、仕事か勉強とかをいくらやっても飽きない人。
そうそう。まさにそれは脳科学でいうドーパミンの効果だと思うよ。脳に快楽を与えないとね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/06/03

海に潜る―地球環境のいま

『海に潜る―地球環境のいま』を読んだよ。アッシにとって海はイメージが沸きにくいけど…。

世界の海に生きる生物を話題した本。筆者は海を専門とする科学ジャーナリストの永田雅一氏。取り上げられた生物は、ジュゴン、マングローブ、ラッコ、ウニ、ナポレオン・フィッシュ、ユリカモメ、クルマエビ、ザトウクジラ、サメ、ウナギなど、多数。

その中で、ウニ、クルマエビ、ウナギなどは我々日本人の口に入るもの。その為に、世界の海で悲喜交々なことを起きている。

例えば、カルフォルニアの海では、

ラッコの好物を横取りし、舌鼓を打っているのは私たち日本人なのである。
と筆者。

そして、クルマエビは、

豊かなエビ資源を対象にしたエビトロール漁業と、マングローブを切り開いてのクルマエビ養殖は瞬く間に東南アジア各地に広がり、莫大な生産高につながった。
と。
ところが、次々とマングローブが切り開かれることで、他の漁業への影響が大きくなる。

先進国であり水産王国である日本としてやるべきことは、長期的に持続生産が可能な漁業の道を切り開いてやることで、マングローブを切り開くことではない。

アッシが口にする寿司ネタも海外からの輸入なんだろうけど、こういう背景を知るとちょっと考えさせられるよなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/06/02

日本人の正体

『日本人の正体』を読んだよ。対談集は読みやすいけど、結論がない…。

養老孟司とテリー伊藤の対談集。『オバサンとサムライ』を新書化したもの。う~む、こっちのタイトルの方が、中身を反映しているような…。

養老先生的には『バカの壁』での主張を対談風にすると本書になるかもって思えるくらい、主張している内容は同じ。当たり前なんだけど。

会話の中で出てくるのが、「男と女」、「日本と世界」。

「男と女」のテーマで興味深かったのが、以下の引用部。ちょっと長いけど、養老先生の言葉。

男の働き場っていうのは、もともと、いざというとき、つまり有事なんです。東南アジアの田舎なんかに行くとよくわかるけど、男なんて働いてないよ。昼間、働いているのは、ほとんど女ですよ。
「あんたたちは、いつ働くんだ?」って聞くと、「コーヒー豆の収穫のときだけさ」なんて言っている。
感動するなぁ~、憧れるなぁ~。こりゃ、ミジンコのオスと同じだ~。

「日本と世界」のテーマでは本音と建前。養老先生も日本人の二重生活には気が付いている。阿部謹也氏の世間学と同じ考え方だよ。日本人論の定番になってきたね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/05/28

物理学者、ゴミと闘う

『物理学者、ゴミと闘う』を読んだよ。ここでもエントロピーが出てきた~。

現代の環境問題を物理学的視点から解説した本。視点はユニークだと思うけど、どこかこじつけがましい点も。
とは言え、物理学の法則は一般論から、どんな系にも適用されるはず。地球環境にも当てはまって当然だよね。

で、その地球環境とは…。本書では環境エンジンに例えられているよ。車のエンジンは吸入と廃棄というサイクルだけど、この環境エンジンも同じ。これを、定常開放システムと言っているけれども、このシステムは「取り込んだ物質とエネルギーが、必ず廃棄されなければならない」ものだと筆者。

ここで出てくる廃棄という言葉。雑駁に言うとゴミだよね。ゴミは環境エンジンから廃棄されるけれども、結局、そのゴミを吸収する系があるわけ。それが広大な宇宙だったりすれば、それは即環境問題と言える訳。

さて、エントロピーはどう関係してくるのか?エントロピーの増大は周りの環境に廃棄物を放出することなんだって~。

あ~、なんだか分かったような分からなかったような。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/05/16

バカの壁

『バカの壁』を読んだよ。全てが脳の仕業?

アッシ的には脳化社会の意味をいろいろな事例で説明した本と理解したよ。だから、身体との関連の話も出てくるし、欲の話も出てくる。そうそう、脳化社会は身体ということを忘れてしまっている社会。オウム真理教の出現もそこで説明できてしまう。繋がっているんだね。

定冠詞と不定冠詞の違いの説明も面白い。脳でどう処理しているかによって、どちらを使うかが決まる。これには妙に納得したよ。

そして、アッシがアッと思ったフレーズがこれ。

知るということは、自分がガラッと変わることです。したがって、世界がまったく変わってしまう。見え方が変わってしまう。それが昨日までと殆ど同じ世界でも。
これって、阿部謹也氏の著作でも書かれていたものと同じ内容。確か、
分かったということはどういうことか。それによって自分が変わること。
っていう意味のことだったと思う。

そうなんだよなぁ~。知り得たことによって、自分がどう変わり、行動するかなんだよなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/05/12

脳と仮想

『脳と仮想』を読んだよ。哲学書?思想書?あるいは評論書?

筆者が言っていることは分かる。イメージも沸く。ただ、本全体として、「じゃ、結局何だったんだ?」というとよく分からない…。アッシには難しい。

キーワードはクオリア。質感という数量化できない感覚を言うんだけれども、数量化できない故に科学的に解き明かすことができない。これを学問の対象としたらどうなるか。本書の論点の出発がこれ。

そして、脳内現象たる仮想。仮想はスゴイってことはよく分かる。だって、たった1リットルほどの脳だけで、さまざまな仮想が構築できるのだから。そして、その量たるや、現実をはるかに凌ぐ量が生成される。
さらにスゴイのは人がそれぞれで仮想を生成していること。例えば、会議という現実はひとつだけど、参加者がそこで仮想することはまた様々。会議に関係あることもないことも。

では、現実とは何か。現実だって、なんだか分かりっこしない。一人ひとりの脳が判断しているわけだから、人それぞれで現実が違ってきて当然だ。

最後に引用。

しかし、私たちの心の中に浮かぶ仮想には、どうやら限界がない。仮想の世界の中で、私たちはそれをまともに見れば立ちくらみするほどの無限と向き合っている。
人間てスゴイなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/05/06

ミジンコはすごい!

『ミジンコはすごい!』を読んだよ。ミジンコになりたい~。

ミジンコの正体から、ミジンコを取り巻く他の生物たち、そしてその環境を紹介しながら、最終的には生物の生態系や地球環境まで分かりやすく解説しているよ。

まずは、ミジンコの正体。頭を尖らせるミジンコがいたり、体の色は通常は透明だけど、赤や緑に変化したりとその時々で体を変化させているよ。これは捕食者に食べられにくくする工夫のひとつ。
さらに、昼と夜では、生息する深さを変えるとか、耐久卵を作って子孫を残すとか、ありとあらゆる策を講じているよ。

そして、生態系。湖沼の水質汚濁は植物プランクトンの増大が原因。だから、ダフニアなどの植物プランクトンを食べるミジンコを増やせばよい。だから、ミジンコを食べる魚は排除しなければならない。例えば、ワカサギなど。その為に、ブラックバスなどの魚食魚が必要になる。ブラックバスは悪玉のような世論はあるけれども、生態系的にはそうでもないことが分かるよ。白樺湖における筆者の実験では、魚食魚にニジマスを使っているんだけれども。

最後は地球環境。要は生態系は地球規模で起きている事象だということ。それは地球の歴史が明確に示しているよね。

さて、冒頭のアッシの願い。ミジンコは通常は女子だけで産卵し、どんどん繁殖する。男子が必要なのは耐久卵が必要な時だけ。ミジンコの男子は気楽だなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/04/29

物語の役割

『物語の役割』を読んだよ。文学少女的感覚…。

『博士の愛した数式』の筆者・小川洋子氏が語った物語の世界をまとめた本だよ。講演集っていうほどのものではないって筆者は言っているけれど。

まずは、物語のテーマの話。テーマは最初から存在していない…と。主題も考えたことはない…と。

何をテーマにして小説を書こうということに、書き手自身である私は全くこだわっていないということです。

さらに、ストーリーも作者が考えるものではない…とも。

ストーリーは自然に発生してくるもので、むしろ自分が書こうとしている、まだかかれていない物語が、すでにストーリーを持っているわけです。

小説を書こうなんて一切思ったことはないけれど、どうも物語は我々の世界のあちこちに転がっているんだよね。それをどう言葉にするか…。それは小説家の腕に掛かっているんだよね。

#この1ヶ月、すっかり疲れて本を読む気もせず。多少復帰しつつあります。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007/03/20

思考の整理学

『思考の整理学』を読んだよ。20年以上前に発刊された本だけど、考え方は古くないよ。

いかに仕事を効率的、且つ楽にこなすかはサラリーマンの永遠の課題。それに関するノウハウ本、そして知的生活本の類は数多く出版されているよね。それでも、なかなか実践できないのはなぜだろう。
たぶん、手法については、ひとそれぞれだからなんだろうと思う。基本がしっかりしていれば、後は自分にあった手法で実践していくだけなんだけど…。

で、この本。いきなり出だしが面白い。グライダーと飛行機を例える。グライダーはひとに引っ張られて飛び立つ、そして自分の意思で自由に空を飛ぶことはできない。それを例えて、学校はグライダー人間の訓練所になっていると筆者。自力で飛べない人間が多しろ。

では、飛行機人間になるためには…ということで、思考の整理学を紹介。一番のポイントは、「まずは寝かせろ」だと。アイデアを熟成させること。寝かせるとは忘れることだとも。忘れてしまってはせっかくのアイデアが…と思うけど、それでホントに忘れてしまうようなアイデアはたいしたアイデアではないとも。

確かに、一度寝かせて忘れることも大切。「見つめるなべは煮えない」のだ。
頭の隅に置いておく事で、別のアイデアとの連携とか新しい視点とかが出てくるんだろうね。
もう一度、繰り返すけど、「見つめるなべは煮えない」のだ。この言葉で、筆者の考えのイメージが一気に沸きました~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/03/10

いいたかないけど数学者なのだ

『いいたかないけど数学者なのだ』を読んだよ。数学者というタイトルに引かれて読んだけど…。

筆者の大学時代からの友人(S君)の読書ノートを中心に展開するエッセイ集。

数学者が書いた数学者の本だから、こういう類に必ず出てくるのが、変わり者の数学者の話。第1章は筆者の高校時代の数学の先生であるH先生の話から。大学数学を見据えた授業をしてくれたという。

数学では少し進んだことを勉強すると、視野が広がり、よく分かることになることが多い。その効果を狙っていたのかもしれない。
…と筆者。うん、これには納得。

第2章は、前述のS君の話。いきなりS君の読書ノートの公開。悩める青春の赤裸々な告白って感じ…。それにしても、アッシが生まれた頃の大学生はすごい本を読んでいたんだなぁ~。あ~、東大だからか?

全体的に軽い内容がほとんどだから、スイスイ読めるよ。でも、筆者に関心がないと単なる3面記事風の読み方で終わってしまうかも…。ということで、星二つ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/03/06

「捨てる!」技術

『「捨てる!」技術』を読んだよ。その前に、なんでこうも物が増えるんだろ?

2000年に刊行した同書の新装・増補版。6年も前の新書だけど、捨てる技術の考え方とかテクニックはそれほど変化していないから、今でも十分に参考になるよ。

話の中心は、物を捨てるための考え方とテクニックの紹介。

まずは考え方。アッシ的な共感は、「いつか使うだろう」と思わないこと。紹介されている事例は本、雑誌、服など。アッシの場合は、雑誌は最近は買わなくなったからほとんど増えないけど、気になっているのは職場での書類。デジタル化されている書類が多いから、プリンタで印刷しても使ったらすぐ捨てるようにしている。それでも書類は増える。紙メディアで貰っちゃうとね。それで、机の引き出しが満杯~。

この事例の場合、「一定量を超えたら捨てる」というテクニックが有効だよね。それでも、アッシは捨てている時間が無い。いや違う。「見ないで捨てる」というテクニックを使っていないだけだ。つい、見てしまうから、時間が掛かる→捨てられない…という悪循環。

あ~、机の周りを片付けた~い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/27

はじめての山歩き

『はじめての山歩き』を読んだよ。福島県にもいい山がたくさん~。

登山家の田部井淳子氏の山の本。有名どころから、東京・奥多摩、そして筆者の出身地・福島県の山々を紹介した本だよ。
山だけではなく、自然の美しさ、花の美しさも紹介しているよ。アッシ好み~。

楽しめたのは、福島県の山々の紹介。安達太良山、磐梯山周辺(裏磐梯)、吾妻山、会津駒ヶ岳など。
特に磐梯山周辺はアッシが昔よく通った場所だけに、思い出しながら楽しめたよ。あ~、あの頃から今のように花に詳しければ、もっと楽しめたんだろうになぁ~。あ~、悔しい…。
そして、行ってみたいのが仁田沼。知る人ぞ知る穴場みたい。

あ~、仕事の山は登りたくないけど、ホントのお山に行きたいなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/25

進化生物学への道

『進化生物学への道』を読んだよ。ダーウィンは数学が数学が苦手だったとか…。

『進化とはなんだろうか』を読んで、長谷川先生の著書を読み始めているが、どれも読みやくて分かりやすいよ。このような一般向けの本を書き始めた理由についても、ちょっとだけ書かれていたよ。

さて、本書。前半は長谷川先生の幼少の頃からの読書の軌跡。それも現在の研究につながるものばかりなんだけど、子供向けの図鑑の話とか、ドリトル先生シリーズ、ビーグル号航海記など、定番ものがズラリ。定番といっても、アッシは読んだことがないんだけど…。

後半はアッシの興味のあるダーウィン話。ダーウィンの「“種の保存”という群淘汰の考えは間違っている。性淘汰の結果が種の保存の成果として現れているだけだ。」という考え方を紹介。よ~く考えれば、当たり前のような気がするんだけど、どうも、この辺は勘違いしやすいよね。種の保存のために進化するなんて、個体そのものは生きる目的として考えているわけないしね。

そして、ダーウィンはこの性淘汰の理論で、人種の差異を説明しようとしたという。そして、ダーウィンの時代は、人種の差異は重要な問題だったとも。
今じゃ、笑えるような話だけど、当時はやっぱり真剣だったんだろうなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/22

物理学は何をめざしているのか

『物理学は何をめざしているのか』を読んだよ。易しく書かれていたけれども…。

いつもの物理学系の入門書。中高生向けに書かれた本だから、易しく丁寧に書かれているよ。
物理学の入門書は、どれも古典力学系から始まって、量子力学に辿り着き、最後は宇宙の話に戻るって感じが多いけれども、この本もご多分に漏れず、流れはその通り。
だから、内容的には今まで通りで特筆すべき事項は無し。

でも、冒頭に出てくる物理学者が心がけているという物の考え方の三原則は面白かったよ。
それは、
・物事を単純に見る
・何が本質的でより基本的であるか
・普遍的、統一的に見る
の三つ。
なるほどなぁ~。数学でも同じような考え方をするし。好きだなぁ~、こういう考え方。お仕事にも応用したいなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/13

夢みるクラシック 交響曲入門

『夢みるクラシック 交響曲入門』を読んだよ。交響曲は爆発だ!!

ひとことで言うと、交響曲を紹介しながらその歴史と音楽の仕組みを紹介した本だよ。

ハイドンから始まって、モーツァルト、ベートーベン、ベルリオーズ、ブラームス、マーラー、ブルックナー、チャイコフスキー、ドボルザーク、シベリウス、ショスタコービッチ…。
本書で紹介されている交響曲の作曲家を全部上げてみたけれども、かなりの人数だよなぁ~。それぞれが何曲書いているから、交響曲の数はもっと多い。
そして、その歴史がある。形式を重んじた初期の頃から、ロマン派へ。果ては書きたいものを書く派まで。それぞれの作曲家の思いが伝わる交響曲。そんな裏話的な解説を聞くとさらに交響曲鑑賞も楽しくなるよね。

筆者が作曲者なだけあって、曲の構成とか技法とかの解説も。もしかしたら、小学校の音楽で学習した内容レベルの話なのかもしれないけど、小学校を卒業して何十年レベルのアッシには新鮮な話題。

またまた聞きたい曲が増えてしまった~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/09

山の花学

『山の花学』を読んだよ。花の同定方法に王道なし。

山でよく見かける花々をいろいろな角度から紹介した本だよ。そして、それらの花の見分け方についても詳しいよ。
とは言っても、やはり王道はなし。よくよく読んでみると、要は「よく見ろ」と書いてある。花の色、形、枚数、葉の付き方、形。だから、見るだけではなく、その花とお付き合いすることで花の名前が覚えられるし、区別もつくようになると筆者。さらには、観察メモの取り方までも伝授。
さらには、ヒトという種は何十億人といるのに、そのひとりひとりをきちんと見分けを付けることができるのだから、花でもそれができないわけがない…とも。なるほどなぁ~。

全体を通じて何度も出てくる言葉も有り。花とは生殖器官だと。

植物にとっての花とは、子孫を残す為の「生殖期間」そのものです。西洋のある植物学者が「植物とは、人間が逆立ちして生殖器官を見せびらかしているようなものだ」と表現したことは有名ですが、ざれごとだと片付けるどころか、実に的を得た表現です。
そりゃそうだけど。あえて言われるとなんか抵抗感があるなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/01/31

環境問題のウソ

『環境問題のウソ』を読んだよ。事実とは何か。そして、その事実をどこで知るのか…。

環境問題は難しいよね。地球温暖化、ダイオキシン、外来種、自然保護と4つの環境問題について、筆者の鋭い見解を述べた本だよ。

まずは、地球温暖化。CO2削減とか京都議定書とか、CO2が地球温暖化の諸悪の根源であるように言われているけれども、この程度の温暖化は地球の歴史的には当たり前の程度の変動であると筆者。地球規模で云うと、氷河期が何度もあった訳だし、またまた今が間氷期なだけな話。これからCO2を幾ら削減したところで、地球規模の変動に逆らえるわけでもあるまいし…と。
今年も暖冬。昔より暖かくなっているのは事実だけど、暖冬が何年も続けば、それが平年の気温になるわけだし。

ダイオキシン問題も面白い。空気中にはたくさんのダイオキシンが浮遊しているとか…。それでもヒトとして生きていけているわけだから、それほどシビアになる必要はないみたい。所沢のホウレンソウも普通に食べている分には、100年経っても致死量までにはならないらしいよ。

という感じで、外来種の問題も、自然保護の問題も、一般的に知り得る情報と異なる事実。結局、そういう問題に利権が絡んで、大袈裟な話になっているという。そして、無駄な税金の投与。
あ~、どうなっているんだ。この世の中は~。

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2007/01/27

ピラミッドの謎

『ピラミッドの謎』を読んだよ。著名な吉村作治先生の著書。いつもの岩波ジュニア新書だけど。

タイトルにはピラミッドとあるけれども、内容は古代エジプトの世界あれこれ。ミイラ、ピラミッド、ツタンカーメン、クレオパトラなどがテーマかな。

ミイラは作り方にアッシ的な興味が…。『解剖学教室へようこそ』に通じるものがあり、古代エジプトに解剖学に近いこんな技術があったことに感動。

ピラミッドも、実は王墓ではなく、単なる公共事業だったという説にも納得。

そして、クレオパトラ。名前は知っていたけれども、どんな人物だったかは、本書ではじめて知ったよ。シーザーという人物とここで繋がるのかぁ~。なるほどなぁ~。

というわけで、ついに高校で世界史を未履修だったことを自白するのでした~。理系だったからかなぁ~?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/01/20

解剖学教室へようこそ

『解剖学教室へようこそ』を読んだよ。解剖は楽しそう。

解剖とは何か。何のために解剖をするのか。そして、誰が学問としての解剖を始めたのか。さらには人の構造を生物学的に解説。最後は勿論DNAの話題。

さて、人体をバラバラにしてしまうとどこまで行くか?細胞?分子?そんな話題も面白いよ。そして、単位の世界。

アルファベットの世界では、世界は26の単位ですべて書けてしまう。
と筆者。なるほどなぁ~。だから、漢字圏の人たちはアナログ的な考え方で、アルファベット圏の人たちはデジタル的なのかなぁ~。

そんなわけで冷静に且つ想像しながらもスイスイ読めてしまったよ。普段は考えたこともない解剖というものを、こうも身近に感じさせてしまうのか…。きちんと科学的に説明されているからだよね。
そして、気持ち悪いとかいう思いをまったく起こさせずに読ませてしまう話術も凄い。

高校1年の時の生物の時間、ネズミの解剖を思い出した。アッシは手が出せず、唯一ハサミを持てたヤツの手が震えていた。生物部のSが誰も手が出せないグループを巡回して、ジョギジョキとネズミの腹を切っていたなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/01/14

「へんな会社」のつくり方

『「へんな会社」のつくり方』を読んだよ。情報共有化問題は奥が深い…。

「はてな」というITベンチャー企業の取り組みを社長自らが紹介した本。面白いよ。

どこか面白いかというと、業務の仕組み。まずは情報共有の仕組み。これは社内業務のすべての情報を公開してしまう。取捨選択するのは閲覧者側。要は情報の私物化を防ぐ仕組みってこと。そりゃそうだ。業務に必要な情報を自分の机の中とか頭の中だけに仕舞われてしまっては、何のための業務なんだか…。

業務に対するアイデアの生かし方にも注目。毎日違う机に座るルールとか立って会議をするとか。アイデアを腐らせない為の仕組み。また、アイデアがあれば、すぐにそれを社内に提示できる仕組み。それは、まっとうな意見が通る組織にしたいという社長の思いだ。
ルールを作る誰かがいて、それを誰かが守らなければならない。でも、立場が変われば見方が変わる。ルールを守る人がルールを作ってもいいわけだ。

「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう」と言ったのはアインシュタインだそうですが、確かに誰にだって常識なんてまるでなかった頃があったわけです。
と、筆者。本文に出てくる「常識を捨てよ」という言葉、身に沁みました~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/12/29

若者はなぜ3年で辞めるのか?

『若者はなぜ3年で辞めるのか?』を読んだよ。上司から借りました~。

うちの職場にも若者はいない。いつまでも若手のつもりのアッシ。う~む、まさに日本の雇用環境の縮図。

若者の代わりに派遣。団塊世代を40代以下が支えている。出世の序列は年功序列でなくなっているけれども、給料ベースでは年功序列は変わらず。

いまだに現場でヒィヒィ言って作業しているけれども、いつになったら開放されるのか。それを若者に押し付けようとしていないか…と反省するアッシ。

ホワイトカラーエグゼンプションなんてのが検討されているけれども、どうもアヤシイ感じ~。これじゃ、働く人はますます働かなくてはいけなくなるし(且つ、賃金は減る)、働かない人はこれを理由にますます成果を出さなくなるだろうなぁ~。結局、法律とか政府の方針は経営者側の観点が優先するのかぁ~。
まぁ、アッシ的にはすでに時間外の適用範囲から外れているけど…。

すまん。今回は本の話はほとんど無し。自分のことしか考えられないアッシ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/12/23

「まなびや」の行方

『「まなびや」の行方』を読んだよ。阿部謹也シリーズ第13弾。

阿部先生と日高敏隆氏との対談をまとめたものだよ。日高氏の専攻はは動物行動学。だから、どちらかというと理系。(理系、文系を区分するのは間違っていると阿部先生はいうけれど。)
でも、二人の会話はきちんとかみ合い、さらにはシナジー効果で面白い面白い。

そして、「まなびや」への新たな視点。国民からどう思われているか、意識していない「まなびや」の問題。ちょっと長いけど引用。

学問は全部そうなんです。それは日本の国民にとってみると、あまり縁がないわけですから、「勝手にやってれば」ということになる。しかもそれを国民の税金でやっている。アメリカでは、なにかというとすぐに「タックス・ペイヤーの権利」だとか「納税者の資格でもの申す」とかいうでしょう。日本では、タックスペイヤーなんていう言葉は聞いたこと内。どんな学会でも「今日の学会は、タックスペイヤーのお金で開きました、納税者の皆さんのお陰でできました」とは決していいません。
そうなんだよなぁ~。これ、アッシが常に意識していること。そして、「趣味の学問ではなく、国民を意識した学問であってほしい」と阿部先生は言っているよ。

あ~、亡くなられたのがなんとも惜しいことか…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/12/17

みんな山が大好きだった

『みんな山が大好きだった』を読んだよ。山に命を懸ける気持ちとは…。

本書は単行本『山男たちの死に方-雪煙の彼方に何があるか』を改題した文庫版。内容はまさにこの単行本のタイトル通り。山に命を懸けた人間の生き様を描いたもの。

それにしても、山に命を懸ける山男たちの気持ち。分からないでもない。平地で普通の生活をするもの人生だけど、それはエキサイトするほどの刺激がない。極限までの体験はない。
一歩先でどうなるか…。その全てが自分に懸かっているなんて、普通の生活じゃありえないよね。この本に登場する山男たちは、皆、自分の力を試しに山に行ったんだと思うよ。そして、山に散っていった。

孤独や山登りなんてかっこ悪いなんて、誰が言った~。人生そのものが、孤独で自分の命を懸けた山登りそのものなんじゃないかなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/12/10

考えるヒト

『考えるヒト』を読んだよ。初めての養老孟司。

『恋するコンピュータ』に引き続き、脳とヒトの行動に関連することがあれこれ書かれた本だよ。

生物は二つの情報系を持っているという。神経系と遺伝子系。脳は神経系。それでも現代生物学というものは、そのほとんどが遺伝子系の研究だという。それだけ、遺伝子系の研究により、これまで物理、化学に理系扱いされていなかった生物学がまともに理系扱いされてきたともいう筆者。そういえば、そうかなぁ~。アッシは生物は好きだったけど。

そして、情報系としての脳。ここでも、コンピュータが比喩として使われているから、分かりやすいよ。で、引用。

情報系としての脳は、入出力系と見ることができる。この場合、入力とは、知覚あるいは感覚と呼ばれるもので、一般には五感というほうが通りがいいであろう。出力とはもちろん行動だか、それを突き詰めると、筋肉の収縮になる。

いや~、まさに冷静な分析。こうなると、まさに究極の科学だね。

そして、何故か数学者の登場。現実というものについて、ふつうの人とは違う現実の持ち主がまだいるという。それが数学者。数学者は、「数学的世界は実在する」と言う。普通の人の感覚だと数学は抽象的で実在するなんて考えれらないんだろうけれども、アッシ的にはその意味が分かるような気がするんだけど…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/12/03

傷だらけの百名山

『傷だらけの百名山』を読んだよ。アッシの山歩きも傷だらけの恩恵に預かっているのだけれども…。

日本の中部山岳を中心に、山を取り巻くあらゆる問題点を報告したもの。あまり『日本百名山』とは関連がないかも。
その問題点とは…。登山者による自然破壊、スキー場・ゴルフ場の開発、観光道路による観光客の増大、山小屋の問題、そして、山を破壊する開発計画。

そして、どこでも同じような開発計画が必ず持ち上がっているんだよね。これが不思議。これらの計画は地元の反対運動で潰された例が載っているけれども、本当に開発されてしまったら、本当に日本中がスキー場やゴルフ場、山岳道路、ロープウェイになってしまいそう。そして、それらに施設は競争で淘汰されるだろうけれども、後に残るのは無残な姿だけなんだろうね。あ~、恐ろしや~。

最後に、アッシの筆者への不満。山小屋では必ず個室に泊まるようだけど、本当のレポートをするつもりならば、大部屋に入って欲しかったなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/11/23

恋するコンピュータ

『恋するコンピュータ』を読んだよ。人工知能?言語学?はたまた医学?

優秀な営業マンの仕事振りを分析してシステム化したら…。こんな発想は誰にであると思う。筆者が実際に分析してみると、

認識→咀嚼→過去の経験の再体験→知識の組み直し→自分や社会への還元
というサイクルを、まるで取りつかれたように繰り返すタフな人間たちがたくさんいます。それはまるで、止まることを知らない知識獲得エンジンのように。
となる。そう、人間の行動は意外にシンプルなものなのかもね。
シンプルだとすると、それをコンピュータシステム化するのは容易いことのように思えるけど、実際はそうはいかないよね。それは何故か?
前書きが長くなってしまったけれども、その答えを本書が示唆してくれるよ。

と、ここまでが人工知能の部分。人工知能を作るには、脳の働きを分析する必要があるよね。そして、それを言葉にする。ここでは、筆者の「六歳の息子」を題材に、人間の脳の働きを分析しているよ。

人は「生きる」ために知識を獲得し分析し行動しているんだよねぁ~。で、コンピュータと人間の違い。それは、「生きたい」という意志の有無なんだと思う。だから、人間に成り代わるコンピュータは有り得ないんだろうなぁ~。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006/11/16

世界遺産・知床がわかる本

『世界遺産・知床がわかる本』を読んだよ。♪知床の岬に~、ハマナスの咲く頃~。

2005年に世界自然遺産に登録された知床について、その自然を紹介した本だよ。

簡単に自然と言ってしまったけれども、そこには地形、気候、植生の地学的なものから、動物、植物、鳥類、魚類などの生物学的なものまで、含まれているよ。そして、それぞれのカテゴリ毎にその生態を詳しく紹介しているよ。

そして、それらの生きもの達を総合的に考えていく。章のタイトルにもあるけど「海と陸が一体となった生態系」は面白い。
そこにはシベリア大陸を流れるアムール川の影響があったり、オホーツク海の特殊な構造(シベリア大陸、サハリン、北海道、千島列島、カムチャッカ半島に取り囲まれた浅い海)による影響があったりして、豊な海を作り出している。まさに地球規模的な影響の集大成なのかも。

そして、人間との共存。原生的な自然が残っている知床でも、奥多摩で発生している自然破壊と同じような問題が起きているのもビックリ。日本には原生的な自然はほとんど存在しないに等しいから、これだけの自然をいかに守っていくかは重要な課題だよね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006/11/11

ゼロからわかるアインシュタインの発見

『ゼロからわかるアインシュタインの発見』を読んだよ。自由のものを考えることの難しさ…。

本書で相対性理論の復習ができたよ。勿論、完全理解な訳じゃないけど。そして、かなり分かりやすい説明がされているよ。

そして、今までの相対性理論の解説本と異なるのは、一般相対性理論から説明していること。話が重力から始まっているから「時空が曲がる」に行き着きやすかったからか…。

そして、特殊相対性理論。面白いのは一般相対性理論より、こちらのほうが現代では役に立っているということ。言葉の問題だけど、「一般」の方が守備範囲が広いという印象なんだけれどもね。

さて、その特殊相対性理論。これが光電効果や量子力学への発展に繋がったみたい。だから、現代への役立ち度合いが違うわけだね。

そうそう、波動方程式の解説もあるよ。難しいかなぁ~って思っていたけど、すんなり読めた。

壮大なアインシュタインの相対性理論。アッシの頭の中でどの程度まで理解したのか分からないけど、冒頭の言葉「自由のものを考えること」という発想は忘れないようにしたいよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/10/29

上司につける薬!

『上司につける薬!』を読んだよ。書名のイメージと中身が違いすぎる~。

書名だけ見ると、部下が上司に対して処方箋を提示し上司の機能を如何に果たしてもらえるかといった内容を想像するけれども、違うよ。じゃ、逆かというとそうでもなくて、副題に「マネジメント入門」とあるように、上司としてのマネジメントの手法を説いた本っていうのが正しいよ。

このタイトルの問題が一番気になっていたので、真っ先に書いてしまったけれども、肝心の中身の話。

アッシなりに、本書で書かれているマネジメントのポイントは、次の3点だと思うよ。

役割としての上司)
管理職って役割としての管理職であって、管理職だから偉いとかいった勘違いはしないほうがよいよね。メンバがあってのマネジメントだし、要はマネジメント能力の高い人がマネジメントすればいいだけの話。

理由の説明)
部下と話をするときは、必ず理由を添えること。やっぱり、訳も分からず指示されるほうが辛いと思うよ。

ビジョンの提示)
折に触れて、自分のビジョンを提示すること。会社の方針も自分なりに咀嚼して、自分の部署でのビジョンにブレイクダウンして提示することなんかは大切だよね。

と、本の内容をアッシ的にまとめてしまったけれども、基本的に同感することが多かったので、☆3つです~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/10/28

草花のふしぎ世界探検

『草花のふしぎ世界探検』を読んだよ。観察するとはこういうことかぁ~。

四季それぞれで観察し甲斐のある植物を取り上げて、その特徴と不思議の世界を紹介した本だよ。

春はアズマイチゲ。雑木林の林床にわずか一ヶ月だけの命。でも、そうしなければならない意味が当然あるわけで、それがまさに進化。

そしてマムシグサ。この植物は株が大きくなると雄から雌に変わるらしい。なんという変わり身ぶり。

夏はツリフネソウとキバナアキギリ。トラマルハナバチをたくみに誘導し、花粉を背中に付けさせる。そして、さらに不思議なのは、ひとつの花で雄しべと雌しべの成熟時期に差を付けていること。これも進化か…。

そして夏の草原。いろいろな花が咲いているけど、そこにどんな虫たちがやってくるかを観察。そして、それらの虫たちがなぜその花にやってくるのかを考察する。これもまた楽し。

秋の花。ここでは、虫の活動が弱まるので虫媒花だけではなく、風媒花の観察もあり。これもまた不思議の世界。

あ~、本の解説じゃなくて、植物の解説になっちまった~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/10/24

日本の歴史を作った森

『日本の歴史を作った森』を読んだよ。筆者・立松和平って結局何者?

木曾のヒノキは法隆寺や伊勢神宮の建築材として使われているらしいよ。そして、定期的に建て直しや修理で必要な材木を提供しているとか。でも、それも実はピンチで、将来的には供給できなくなる予想が立つとか。

江戸時代になると江戸城の改修とか火事のための復旧とかでやっぱり木曾のヒノキが使われたとか。幕府の命令だから逆らう訳にもいかず、尾張藩の苦労も書かれているよ。

そして、実際のヒノキの森。皆伐とか択伐とかそれぞれの時代に創意工夫で管理され、そして伐採や運送の技術も優れたものをもっていたみたいだよ。大木の輸送はまさに土木的な技術が必要だからね。

今の時代、林業っていうとピンと来ないような気がするけど、スケールが大きすぎてピンと来ないんだろうね。だって、1スパンが何十年、または何百年なんだから。
アッシ的にはそういうスケールで物事を考えられるようになりたいけどね。IT産業なんて、ドックイヤーとか言われているけど、時間の単位が違いすぎるよなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/10/19

企業コンプライアンス

『企業コンプライアンス』を読んだよ。ビジネスものは似合わない?

二部構成で、前半は企業不祥事の事例集。ライブドアから三菱自動車、最近では耐震偽装事件まで。それぞれの概要と内在する問題点を客観的に解説しているよ。すでに新聞等で報じられている情報がほとんどだから、ちょっと単調で飽きてしまうかも。

後半はその防止策。内部統制システムの確立なんだけど、ポイントはコンプライアンス体制とリスク管理体制だと筆者。
その確立手法について書かれているんだけれども、方針の決定、取り組みの為の体制の構築、運用体制の整備、運用の監視等がその骨組みだと。これって、セクハラの時も個人情報の時も使った手法じゃないか~。
そう、結局手法は同じなんだよね。対象とか種類が違うだけ。

とは言っても、結局は自分の職場に照らし合せながら読み進んでしまったアッシ。本を読む時くらい、仕事のことは忘れた~い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/10/15

科学の目 科学のこころ

『科学の目 科学のこころ』を読んだよ。またもやダーウィン繋がりで長谷川先生の著作。

とは言っても、題名の通りに小難しい話ではなくて、軽く読めるエッセイ風。

この本を読んで、自然界の真実と人間から見た現象とは異なるということを改めて認識したよ。だって、物体は上から下に落ちるわけだし、リンゴの色はどう見ても赤だし。でも、真実は万有引力の法則だったり、リンゴは赤色の電磁波を反射しているだけだったり。真実は違うって分かっているのに、普段の生活ではそんな認識はなく生活しているよね。それがなんとも不思議な感覚だなぁ~って思ったわけ。このことは、かのデカルトが指摘したことらしいだけど。

それに関連して、引用。

ミミズは私たちとは大いに異なる生活様式を持っているから、私たちとは大いに異なる世界の認識をしているだろう。ミミズの認識する世界を、私たちは実感することはできないだろうが、ミミズの認識も、世界の真実の一部に対応しているはずだ。
そうそう、人間の知らない真実をミミズは知っているのかもしれないなぁ~。そんなことを考えると、やっぱり科学は面白いね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/10/09

ウェブ進化論

『ウェブ進化論』を読んだよ。『グーグルGoogle』に続く、Web2.0モノ。

『グーグルGoogle』では、グーグルのビジネスモデルが話の中心だったけれども、本書はどちからというと概念とかテクノロジー側の話が多いよ。もちろん、ロングテールの考えとか重複する部分はあるけど。

アッシの「ヤフーとグーグルはどう違うの?あるいは違いがあるのか?」っていう素朴な疑問にも答えてくれていたよ。答えは本書を読んでほしいけど、グーグルは要は場の提供だけなんだろうね。だから、テクノロジー企業だっていえるんだと思うよ。

さて、本書のポイント。システムをネットの「あちら側」と「こちら側」のどちらに作るかという考え方。グーグルはもちろん「あちら側」。そして、不特定多数無限大を信頼するか否かの考え方。この二つの事象を四つの象限で表す。これで整理がついて、すごく分かりやすくなる。そして、グーグルという会社の立場、他社との違いがはっきりと分かったよ。

もうひとつ。グーグルの情報共有の考え方が面白い。5000人の社員が全ての情報を共有するという。そのイメージは「情報自身が淘汰を起こすんですよ。」というある社員の発言。なんとなく分かるような分からないような…。職場で実践してみるか~。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006/09/30

進化とはなんだろうか

『進化とはなんだろうか』を読んだよ。ダーウィン繋がりで博物学。正確に言うと進化生物学とか…。

『ダーウィンの足跡を訪ねて』で進化論の面白さを知り、次のステップとして進化論の入門書的なものを探したら、いつもの岩波ジュニア新書のこの本にヒット。

で、率直な感想は「進化論はスゴイスゴイ」。
「生殖だけの意味で言ったら、無性生殖の方が効率がよいのに、なぜ生物は有性生殖の方が多いのか?」とか、「自然淘汰の仕組みはどうなっているのか?」とか、「環境に適応するとは生物的にはどういう意味なのか?」とか、今まで漠然と妄想していたことが、理論的に説明できているところがスゴイ、スゴイ。
そして、その進化の過程は、すべて遺伝子の組み替えで起こり、且つ偶然に支配されているという。だから、自然に適応した生物がいるとは言うけれども、それは能動的にそうなったわけではなく、結果的にそうなっただけの話ってわけ。

そう、確かに進化論もスゴイけど、「生物は神様が創ったものだからその後に変化する訳がない」と皆が考える時代に、進化論という新しく正しい理論を打ち立てた人たちもスゴイよね。

進化論にしばらくのめり込みそうな予感…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/09/22

読書力をつける

『読書力をつける』を読んだよ。阿部謹也シリーズ第12弾。

阿部先生は亡くなってしまったけど、その著作は残る。先生の著作で読んでいないものはたくさんあるので、読んでいこうと思う。

「知のノウハウ」シリーズの1冊なんだけど、単なるハウツウ本だと思ったら大間違い。たぶん、勘違いして読んでしまう人は多そうな気がするけど。

内容的には、中世ヨーロッパでの読書のあり方から始まって、「教養とは何か」のテーマに繋がっていく。だから、『教養とは何か』『自分のなかに歴史を読む』と重複するテーマが多々あるよ。この2作は既読なんだけど、本書の方が難解なような気がするよ。特に後半に登場する西順蔵氏の中国思想論文の話はまったく理解できず…。情けな~。

そして、「自分のなかに歴史を読む」というテーマ。はっきり言って、この文章だけでは、何のことだかさっぱり分からず。この答えのヒントになるような文を引用してみる。

そういうなかで、自分のなかから歴史を読もう、自分を基準にして歴史を見ていこう、自分から出発して問いを立てようというのが、私の歴史とのかかわり方なのです。歴史というものを私はそんなふうに考えています。
今までのモヤモヤが少し晴れたような…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/09/16

ダーウィンの足跡を訪ねて

『ダーウィンの足跡を訪ねて』を読んだよ。進化論?なんじゃそりゃ?

進化論のダーウィン…とここまでならばよく知っている。でも、それ以上のことは何も知らない。アッシだけじゃなくて、普通の人はそうなんじゃないかなぁ~。
この本は、そのダーウィンの足跡を訪問しながら、それを伝記風にまとめたもの。主にイギリスなんだけれども、ガラパゴスなんかも登場するよ。

で、このダーウィン先生。先生って書いたけど、教員ではないよ。これが、アッシ的には不思議~って感じ。そう、どこの教育機関に属さない純粋な科学者。それでも生活に困らなかったのは、本人の実家も奥さんの実家も大金持ちだったから。
そして、研究はといえば、遺伝子というものの存在が発見されていなかった時代に、進化という概念を考えたのは画期的なんだろうね。そして、それは神を否定することにも繋がるんだから。

博物学的な話はほとんど出てこず、ちょっと予想が外れたけど、ダーウィンその人自身を知るには入門書的によいのではないかなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/09/06

北の街にて

『北の街にて』を読んだよ。阿部謹也シリーズ第11弾。

筆者の小樽商科大学時代のあれこれをエッセイ風にまとめたもの。
エッセイ風とか書いたけど、話の筋的には「小樽商科大学の学内事情」、「ドイツ留学時代」、「一橋大学関係者との交流」、「大学紛争」など。
ただ、それぞれの話が独立しているわけではなく、その中での人との交流の中で筆者が世間の構造を根底で考えているのが、見て取れるってわけ。
『阿部謹也自伝』に近いものがあるような気がするけど、どちらかというと本書の方が阿部氏なりの学問的な考察が含まれているよ。

で、アッシ的に興味深かったのは、小樽商科大学の学内事情のこと。小樽という街の狭さに加えて、大学という小さな世間。その世間の難しさを思い知らされたよ。
例えば、大学紛争後において、教官と職員の関係に大きな変化があったことが、ズバリと書かれているのはビックリ~。

また、ところどころで紹介される西さん(元一橋大学教授)からの手紙。世間との関わり方についての一例がこの手紙の中にあるような気がするよ。

『阿部謹也自伝』でも、吉祥寺の話が多少出てきたけど、今回はアッシの知っている喫茶店が出てきたよ。ますますお近づきです~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/08/27

宇宙を読む

『宇宙を読む』を読んだよ。冥王星の取り扱いがニュースになっているけど…。

またまた、宇宙モノ。一般的な入門書と書いてあるけど、意外に内容は難しかったような。
「天からの文」を読む解くことを主眼においているので、電磁波の波長とか物理学的な話題も多いよ。だから、20世紀になって発見された天文学的話題も多いから、余計に難解なイメージがあるのかも。

そして、アッシの疑問。ビックバン以前はどんな世界だったのか?
本書によると、「現在、人類が手にしている物理の知識で遡れる時間は、宇宙最初の10の-43乗秒ぐらいまで」(プランク時間)とのこと。そして、プランク時間以前では、時空すら定義できなくなってしまうとか。そして、この時間では現代の物理学は破綻している状態だとか。ただ、逆に言うと、物理学さえあれば、宇宙の起源を知ることができるっていうことか~。

冒頭の冥王星の話題。ニュースを見ると「惑星から格下げ」とかいう表現で報道されているけれども、違うと思う。
曖昧だった定義が確立しただけなんだから、それによって冥王星は矮小惑星(日本語での表現は未確定)というカテゴリに変更されたんだよ。
アッシ的にはすごくスッキリしたんだけれどもなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006/08/19

「関係の空気」「場の空気」

『「関係の空気」「場の空気」』を読んだよ。「空気」がテーマだったから予約までしたんだけれども…。

「関係の空気」と「場の空気」の違いもよく分かる。そして、それぞれの場合の話法の違いもよく分かる。でも、それが日本語の問題だと言われると…。どうも納得がいきかねる。

「関係の空気」は一対一の場合。だから、省略語や指示代名詞を多用しても話の内容が十分伝わる。ところがこの場合でも空気の窒息があると筆者。「場の空気」の場合は複数人数が相手だから、余計にそう。
そして、空気の窒息を解消するための提案がいくつか書かれている。例えば、「です、ます」調を使えばよいという。なんかこじつけのような気がするんだけどなぁ~。

空気と日本語。さすがに筆者は目の付け所が違うなぁ~って思わせたいのかもしれないけど、まったく別問題のような気がするけどなぁ~。

「空気」に反応してしまったアッシが失敗でした~。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006/08/14

博士の愛した数式

『博士の愛した数式』を読んだよ。珍しく純文学。

文学だから身構えてしまって、取り付くのに時間が掛かったけれども、読み始めると面白くてスイスイ読んだ感じ。

まずは、冒頭に出てくる博士の言葉が感動的。

「これを使えば、無限の数字にも、目に見えない数字にも、ちゃんとした身分を与えることができる」
とルートについて語る。すごいよね。数学が文学になるとこういう表現になるんだね。
こんな風に、数学を文学的に語る表現があちこちに。その度にアッシの感動は続くよ。

博士の過去をちょっとだけ知るシーンがあるんだけれども、それ以上は深く知ることができない。推理小説だったら謎解きがあるんだろうけど、純文学の小説はそこのところは自分で埋めなくてはならないだろうね。

そして、『世にも美しい数学入門』と合わせて読むと、なおいっそう楽しめます~。

#アッシ的には博士とルートが中日ファンだったら、星五つ!!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006/08/12

波のむこうのかくれ島

『波のむこうのかくれ島』を読んだよ。椎名誠の旅レポもの。

前回の『冒険にでよう』は外国旅レポだったけれども、今回は日本近海の孤島旅レポ。孤島と言っても、小笠原や対馬のようなメジャーな島もあるけど、中には当然無人島も。そして、北は天売島から南は水納島まで。

どこの島に行っても、まずは島内を巡回し、面白そうな場所、遊べそうな場所、キャンプの場合は宿泊場所を探す。そして、居心地のよい場所を見つけたら、まずはビール。もう、そのシーンを読んだだけで、アッシは萌え~。

そして、シーナさんが必ず立ち寄る場所。地元の学校。どこも少人数の学校だけれども、どの子供も元気で明るいという。そして共通することは、中学を出ると島を離れなければならなくなること。将来、地元に戻ってくる割合はどのくらいなのだろうか…。

さて、そんな島旅。都会での生活に慣れている人々にとっては、半日もいれば飽きてしまうのは分かっているけど、それでも、やっぱりそんな島々の旅に出掛けてみた~い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/08/10

父親が教えるツルカメ算

『父親が教えるツルカメ算』を読んだよ。小学生は恐ろしい問題を解いているなぁ~。

ツルカメ算、差集め算、ニュートン算、流水算、図形問題、分数と比の問題など、小学校で習う算数をテーマに、アッと驚く解き方を解説している本と思いきや…。
算数はあくまで手段であって、父親が子供にきちんと算数を教えることで、子育てをしてみようよというのが本書のテーマだよ。

その算数について、筆者の考えを引用。

算数というのは単なる計算の能力を試すものではなく、発想の転換によって不可能と思われた局面を切り開くという、人間にとってもっとも大切な能力を育てる学科だ。<中略>人生を生き抜く上で、「考える」ことは必要不可欠であり、この能力なしには、現代社会で生き抜くことが難しいということだ。
そうそう、「考える」ってことが大事だと思う。考えないヒトが多過ぎる。あ~、これ、以前にどこかで書いたような気がする。何度も書くってことは痛感しているからなんだよね。

そして、ではどうして父親なのか?逆に言うと母親ではダメなのか?答えは本書を読んでもらったほうがいいと思う。ここで書くとアッシが世の中の母親に怒られそうだから。

で、アッシの場合。算数は好きではなかったけど、数学は好きだった~。どこか言っていることに矛盾有り?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/08/06

天文台へ行こう

『天文台へ行こう』を読んだよ。宇宙モノが続く~。

宇宙モノといっても、宇宙の話ではなくて、地上から宇宙を見る為のツールとしての天文台をいろいろな切り口から紹介している本だよ。
天文台の歴史、世界各地の天文台、望遠鏡の仕組み、望遠鏡で見る天体、そして星の話など。

その中で望遠鏡の仕組み。理系のアッシだけど、何故かこの望遠鏡の仕組みは苦手。屈折率とか焦点距離とか、理解できていない部分が多し。今回も理解しようと努めたけど、どうもダメだ~。

面白かったのは星の話。月が自転していることを知らなかった~。そして、自転と公転の周期が同じだから、月はいつも同じ面を地球に向けているのだと…。あ~ん、恥ずかしい~。でも、月が自転していないって考えること自体がヘンだよね。っていうか、そんなこと考えもしなったよ。

夏休み、満点の星空を見上げに、山でも行きたいなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/08/05

宇宙物理への道

『宇宙物理への道-宇宙線・ブラックホール・ビックバン-』を読んだよ。タイトルと中身にちょっと差異があるけど。

宇宙物理の話題を織り交ぜながら、筆者の研究の道筋を辿る本。途中のコラムで、科学的な詳しい解説が入っているので、科学的な本でもあるかな。ただ、このコラムが前半はそこここに挿入されていて、本編が読みにくくなっているのも事実。そのせいか、今回の本は勢いつけて読めなかった感じ~。

例によって引用。

いま、学ぶことと生きることに、距離がありすぎるのではないでしょうか。世のなかのしくみが複雑になって、学ぶことと生きることの関係が見えない。人びとのために学ぶことの意味が実感しにくい、そんな時代になって、学ぶことが「悦楽」としか語られなくなったような気がします。
この引用、阿部先生の「学問と世間」に通じるような気がするなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/07/29

社会人から大学教授になる方法

『社会人から大学教授になる方法』を読んだよ。鷲田先生も久しぶり~。

だいぶ以前に『大学教授になる方法』を読んだけど、その時の印象は「もしかしたら、アッシも大学教授になれるかぁ~」って感じだったんだけれども、今回の本の読後感はまったくの逆。
何でだろうって考えるに、世の中が変わり、大学自身が色々な意味が厳しい世界に変わってきているからのような気がするんだけど。そう、だから本書は新手の大学論にも通じているよ。

ところで、社会人から大学教授になりたいと思う人ってどんな人たちなんだろう。想像するに、休みは多いしから自分の好きなことに時間が使える。ノルマもないし…なんて思うんだろうけど、そんな考えの人には筆者がピシャリと撥ね付ける。大学教授にはいろいろな特権があるけれども、それはフルタイムで教育・研究に打ち込んで貰う為の特権であり、余生をのんびり過ごす為のそれではない…と。

ということで、それに関して最後に引用。

自分の好きな研究や教育にフルタイムで打ち込む、これがじつは大学教師の最低条件なのである。
大学教授への道は意外に厳しいよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/07/26

グーグルGoogle

『グーグルGoogle』を読んだよ。IT関連本は久しぶり。

グーグルの戦略とその収益構造、そして副題となっている「既存のビジネスを破壊する」とは何か?など、ちょっと話題のグーグルを知るにはちょうどよい感じの本だよ。

そして、そのキーワードは「サーチエコノミー」、「キーワード広告」、「ロングテイル」、「アテンション」。
なるほどと思わせる戦略なんだけれども、マーケティング的には既に存在する概念だよね。けれども、この概念をIT技術によって一気に拡大させていったのが、このグーグルの戦略なんだろうね。

そして最後のキーワード「巨大な権力」。グーグルは全世界の情報をデータベース化する。そしてそれを囲い込むことで、巨大な権力となる。本書はそれを的確に表現するために、「司祭」という言葉を使っているよ。
そう、それはまさに全世界が監視され、司祭によって操られる世界。別の言葉としてグーグルは「神の遍在」であるとも表現されている。

う~む、恐るべしグーグル。だけど、あのGmailの便利さには敵わないよなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006/07/20

刑吏の社会史

『刑吏の社会史』を読んだよ。阿部謹也シリーズ第10弾。

いよいよ阿部先生の処女作に挑戦。内容的には難しかったりそうでなかったり…。

処刑の種類についての説明にかなりの頁を割いているんだけれども、それがなんとなく淡々と説明されていて、残酷度は低し。ただ、処刑にも変遷があり、中世初期にはあくまで偶然刑であったとか…。つまり、処刑により死ななかったりした場合は、それはそれで済んでしまうという。死亡させることが目的ではなく、あくまでも神への供犠であったという。
ところが時代が進み、人と人との繋がりが変化してくると、処刑の意味が違ってくる。もうそれは、供犠ではなく、まさに処刑。だから刑吏は失敗は許されない。厳しい仕事に変わってくる。

そして、その刑吏たち。賎民として扱われながらも、きちんとした収入を得て、彼らなりに職務を全うしていた姿勢が書かれている。そして、次第に個人の成立とともに市民権を得ていく。

中世欧州における個人の成立以前のお話だね。世間論にはまだまだ遠い道のりだけど、筆者の原点に触れてよかったと思える一冊でした~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/07/16

木のことば森のことば

『木のことば 森のことば』を読んだよ。エッセイのような、ノンフィクションのような、文学のような…。

恵那山の麓のヒノキや縄文杉の巨木の話。『木を植えた人』に代表する人の手による森の復元。天然記念物に指定されたために人工的に延命措置を取られた木を話題に倒木更新の話。

植物の生存競争について、筆者のことば。長いけど引用。

枯れていく木や草は生存競争に敗れたのでしょうか。ぼくは、そうは思いません。それらの木や草は、ほかの木や草と争って、その競争に負けたのではなくて、生き延びる運がなかったのだと、ぼくは思います。こんな言葉はありませんが、ぼくは「生存競争」に代わりに、「生存運」という言葉を使いたいと思っています。

そう、そう思うと枯れていく木や草も生涯を全うしたと思えるよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/07/08

この国のけじめ

『この国のけじめ』を読んだよ。藤原先生、本出し過ぎ~。

基本的にはいつものエッセイ集なんだけど、文庫本の解説なども混じっていて、それはそれなりに楽しめたよ。

相変わらずの藤原先生の主張のひとつは「祖国愛」。それを象徴する言葉のひとつとして「狼狽」という言葉が出てくるよ。

本質でない形式を拠り所とする国家は累卵の危うきにある。

と藤原先生。日本人は、終戦後に狼狽してから、挫折や危機のたびに狼狽を重ねているという。それは、祖国否定を含んだアメリカの洗脳による結果だともいう。つまりは骨抜きにされたって訳か~。
だから、狼狽しないための品格が必要なんだという主張。そのためには、日本人の宗教の代わりになる武士道の精神の浸透が必要なんだとも。そして、その武士道は日本人の行動規範にもなるっていうわけ。
なるほど~。宗教心の薄い日本人の場合、自分の行動規範(法律以外の倫理観)って武士道精神から来ているのかもしれないよね。

アッシの夏の課題所図書として、先生のゼミでも読んでいるという『武士道』(新渡戸稲造)でも読んでみるかぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/07/01

中世の窓から

『中世の窓から』を読んだよ。阿部謹也シリーズ第9弾。

いよいよ筆者の西欧中世史ものの最高峰に挑む。阿部謹也氏の本は何冊も読んできたけれども、西欧中世史に関するものはなかなか手が出なかったよ。それは理解し難かったから。でも、今回は図書館の閉館の関係で長期に借りられることが分かったので、いよいよ読む気になったというわけ。でも、読んでみると、朝日新聞に連載されていたものをまとめたものだけあって、筆者のこの手の本の中では分かりやすかったよ。

さて、本書の内容。中世ドイツの人々の人と人との関係がどのように変化していったかを様々な事例をもとに分析しているっていう感じかな。

ポイントは、人と人との関係は、モノを媒介とする関係と目に見えない絆によって結ばれている関係の二つがあるということ。そして、その二つの関係が中世において、徐々に後者が幅を効かせてくるようになるということ。その変化は徐々にではあるけれども、結果的には大きな変化であったということ。
ひと言で言うことは難しいけど、アッシ的にはこの本の解釈はそんな風。

そして、新たな発見もあったよ。ユダヤ人迫害のこと。その背景が本書を読んで分かったよ。今まで、考えたことも無かったことだから、ちょっとお利巧になった気分。

で、この西欧中世における人と人との関係の研究。当然なんだけど、日本人の世間学に繋がっているんだよなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/06/24

数学を愛した作家たち

『数学を愛した作家たち』を読んだよ。タイトルに釣られて予約してまで読んだけど…。

東西11人の作家たちの数学に対する思いとか、数学にまつわるエピソードをまとめたものだよ。はっきり言って久しぶりの駄作だったよ。
作家といえば数学は苦手だろうなんて思わせておいて、いや実はそうでもないんだよ。といったところを狙って書かれたところがミエミエ~。

だから、読んで面白かったと思えたのは、「はじめに」と「おわりに」だけ。特に、「おわりに」には、数学を学ぶことで論理的思考力が養われるという通説に関する見解が書かれている。そうそう、数学はどちらかというとイメージの方が大切なような気がする。筆者の言うように、論理的思考力を鍛えるのはどちらかというと国語のような気がする。
あ~、これは藤原正彦さん的主張だね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/06/16

アインシュタインが考えたこと

『アインシュタインが考えたこと』を読んだよ。物理の楽しさに目覚めてます。

人物で語る物理入門』でもアインシュタインの話題はかなりの枚数で割かれているけど、本書はそれをさらに詳しく、分かりやすくまとめているよ。
分かりやすさといえば、本書の中にも出てくるけど、『系』という考え方。こいつのイメージが沸かないと全体の理解ができないような気がするよ。アッシも最初は戸惑ったんだけどね。

そして核心の相対論。光速に近い速さで物体が移動すると時間の進みが遅くなるとか、重力が大きいほど時間の進みが遅くなるとか、なんていう話が出てくるんだけど、普段の生活ではまったく意識しない事項だよね。それが真理だと言われても…って感じ。但し、理屈はそれで合っているんだから、それが真実なんだろうね。

また、アインシュタインの理論は、すでに分かっていることに対して論証を与えたという成果だったみたい。これはまさに数学的な証明のようで嬉しいね。エネルギーと質量の関係式だって、シンプルで美しいし。

「自然は単純である。単純なことが真理である」というアインシュタインの考え方に共感した~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/06/09

日本人はいかに生きるべきか

『日本人はいかに生きるべきか』を読んだよ。阿部謹也シリーズ第8弾。

「いかに生きるべきか」が本書の最大のテーマ。このテーマが、筆者の二大研究テーマとなる「教養とは何か?」に繋がってくる。
つまりは、教養がある人とはどのような人をいうのかを考える訳だけれども、当然ながら、単に知識があるとか文学に明るいだとかいったことではないよね。本書の中で例に上がっているのが、農民とか漁民の場合。彼らは、いかに生きるかを常に考えているわけだからそれが教養そのものだと筆者は言う。ちょっと長いけど、引用。

真の教養とは、「社会の中に生きている人間として、自分の人生というものが、あるいは仕事が、社会とどのようにつながっているかを自覚している、あるいは十分に解らなくても、解ろうと努力している状態のこと」だと、私は考えます。

そして、日本の近代の「近代的システム」と「歴史的・伝統的システム」の二重構造の話も面白い。これが筆者の大学論に繋がっているよ。日本の大学はこの二重構造のために危機にあると言っているような…。ただ、その中でも特殊は分野が家政学であるとも。
家政学は生活世界を研究対象としているわけで、それはどちらかというと「歴史的・伝統的システム」をテーマにしているとも言えるわけ。二重構造にはなっていないということなんだろうと思うよ。逆に言うと生活世界を無視するということは、筆者の言う教養には結びつかなくなるんだよね。

本書によって、筆者の本格的な大学論に初めて触れたよ。「教養とは何か」と繋がっていたとはなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/06/04

冒険にでよう

『冒険にでよう』を読んだよ。久しぶりに椎名誠。

学生時代に椎名誠にはまったことがあり、新刊が出るたびに購入して読んでいたよ。<本を買えるなんて、リッチな時代もあったなぁ~。
デビュー作の『さらば国分寺書店のオババ』なんて、アッシにとっては、今までになかった視点ということで、衝撃的な本だったような。
椎名誠の作品が小説に移行していくと同時に、読むのを止めてしまったんだけど。フクションは面白くなかったから。

本書は、筆者の過去の外国おもしろ旅を取り纏めたものって感じかな。ひとつひとつの章は、それぞれで一冊の本で刊行されているから、アッシ的には読んだことがあるものばかり。ただ、前半の少年時代の話は新たな発見もあったりで楽しめたよ。

世界の何処に行っても、筆者の関心は食が中心かな。っていうか食の話は世界各地で面白いものがたくさんあるからか?後は、世界トイレ事情も、面白いよ。

そして、筆者の読書の仕方にも共感する部分がある。ひとつは現地読み。旅行先で現地に関連する本を読むこと。現地で読むことにより関心度が増すってことじゃないかなぁ~。
あとは復習読み。これはアッシが勝手に名付けたんだけど。旅から帰って、現地に関連する本を読む。旅を思い出しながら読めるから、二度目の旅が楽しめるような気がするよ。
そうなると、やっぱり予習読みっていうのもあるよね。これは普通の旅行の場合はほとんどがこれだね。

また、椎名誠でも読み返してみようかなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/05/28

スラスラ書ける!ビジネス文書

『スラスラ書ける!ビジネス文書』を読んだよ。清水センセー本は文章指南が続く~。

清水センセーの文章指南本の面白さは、その文例にあるんだよね。今回も奇想天外、滑稽至極な文章例が多彩にあるよ。どんな文例かは本書を読んでのお楽しみ。

敬語の使い方の指南で、アッシも同感と思ったことがあったよ。何年もつきあっている編集者が電話の始めの名乗りで「『小説○○』の山田と申しますが」という点。この言い方は初めて電話した相手にいうものだと筆者は思っていたという。アッシもそう思う。だから、知っている相手には「山田ですが」とか「山田でございますが」というものだ…と思っているんだけど。どうやら最近は違うらしい。う~む。

あと、最後の企画書の書き方が面白かったよ。書き方っていうより、なぜ書くか、どうプレゼンテーションするかまで踏み込んでいて、且つサラリーマンが企画書を書く意味まで述べているよ。
そうそう、アッシも提案書とか企画書を必死で書いた時期もあったなぁ~。書き方のセオリーもネットで調べたりして。
あ~、また新たな企画書が書きたくなってきた~。書くのはそれほど難しくは無いんだけど、それを実行するのが一番大変なんだけれどもねぇ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/05/27

自分のなかに歴史を読む

『自分のなかに歴史を読む』を読んだよ。阿部謹也シリーズ第7弾。

ちくまプリマーブックスの一冊だから中高生向けで分かりやすかったよ。岩波ジュニア新書と並んで読みたくなるような本がたくさんありそう~。

内容的には、自伝的な要素とヨーロッパ中世史のなかから人々の生き方を考える本って感じかな。

当然、賤民や差別の話は出てくるけれども、日本の世間の話には至らなかったよ。

以前の本にも出ていたけれども、小宇宙と大宇宙の考え方も良く分かった様な気がする。だから、中世ヨーロッパの人々が日々の生活の中で世の中に対し、どんなことを考えていたか、そしてキリスト教の影響がどんなところまで及んだのかも分かったような気がする。
そして、新たな視点もあったよ。交響曲の成立の過程までもが二つの宇宙に関連しているという筆者の見方。ここでは、音楽の合理化とか二つの宇宙の一元化というような言い方で説明しているよ。なるほどなぁ~。

最後に引用。氏が一橋大学時代のゼミナールで学んだ重要なことについて。

「解るということはいったいどういうことか」という点についても、先生があるとき、「解るということはそれによって自分が変わることでしょう」といわれたことがありました。
そうそう、解ったなら行動しないと解ったことにはならないんだよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/05/18

人物で語る物理入門(下)

『人物で語る物理入門(下)』を読んだよ。

いや~、ホントに小柴さんが出てきた~。田中さんは物理学者じゃなくて、化学者だったね。

下巻は上巻に引き続き、アインシュタインから。一般相対性理論の空間がひずむとは何かとかの解説が面白いよ。
そして、次のステップが量子力学。ニールス・ボーアから始まる量子力学がこの下巻の中心的な話題だよ。その技術は、マリー・キュリーの放射能、ハッブルの宇宙の解明、原子爆弾やトランジスタ発明といった20世紀の人類の生活に直接結びついていっているね。

これらの技術の中で、どの物理学者たちも頭を悩ませたのが、やっぱり原子爆弾。
対ナチスの為という大義名分があったから、開発に携わった物理学者が多かったような。それが、ドイツが降伏する前に対日本という方針に変更されたようなのに、開発を止めなかったのは何故だろう。この本にはそのヒントが書かれてはいるけれど、それぞれの思いはあったんだろうね。現に、戦後は水爆禁止運動に積極的に参加している物理学者は多かったようだから。

そして日本人の物理学者も多数紹介されているよ。アッシの気になったのは湯川秀樹。学齢前に四書五経を読んでいたというからスゴイね。これによって以後はどの本も容易に読めたとか。
あ~、これって藤原先生の国語教育絶対論に繋がる話じゃないか~。

今、物理が面白くなってきたよ。高校の時はそれほど好きじゃなかったけど。アッシ的には、数学的な美しさが気に入ったのかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/05/12

雲と風を読む

『雲と風を読む』を読んだよ。いつもの自然景観の読み方シリーズ。

このシリーズの中で今まで読んだものは全て地面関係だったけど、今回の本はいよいよ空中を見上げてみることになったわけ。
導入部は言葉の説明。成層圏とか対流圏とか積乱雲とか、かなり懐かしい言葉が出てきてうれしい感じ。そして、雲についてはその生成についてが話の中心だったよ。
風については、アッシ的には新しい視点。雲のように実際に目に見えるものではないから、科学的に説明されると納得できるからうれしいよ。
局地的な風から地球規模的な風まで、様々な風についてその生成メカニズムが説明されているよ。それが地球の自転に関係してきたりするから、面白いね。

で、雲と風。それの生成については、まったく関係無いような気がしないこともないけど、かなり親密な関係があることがよく分かる。
上昇気流が対流を起こせば風になるし、上昇気流があるところには雲が発生するし。

気象予報士を密かに目指すアッシとしては、入門書的な意味合いで勉強になった~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/05/06

国家の品格

『国家の品格』を読んだよ。藤原先生、絶好調だよ。

いきなりだけど、本のタイトルと内容にちょっと違和感があるよ。出版社も編集者も気負い過ぎたのかなぁ~。ただ、藤原先生の言っていることは、今まで以上に過激のような。

で、その内容だけど、小学校の国語教育の重要性とそれによって育まれる情緒教育の充実を、相変わらずの最大のテーマにしている。
そして、新たな視点として追加されているのが、論理だけで物事は片付けられないという考え方。論理だけの世界で生きている数学者の言葉とは思えないよね。いままでの西欧的な物事の考え方を否定するのは、祖国愛という感情が隠されているんだろうね。この「祖国愛」という言葉もこの本のキーワードになっているよ。
さて、その「論理」なんだけど、結局論理の前提条件が違えば結論が違ってしまう訳だから、その前提条件を選ぶ能力がその人の情緒や形にかかっていると筆者は言う。そうそう、この考え方がいかにも数学者らしくてうれしいね。

さて、その情緒について。岡潔という数学者が情緒について語るところを引用。

新聞記者からある時、「先生がおっしゃる情緒というのは何ですか?」と聞かれ、岡先生は「野に咲く一輪のスミレを美しいと思う心」と答えられました。
スミレブームのアッシにはうれしいお言葉~。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006/04/29

世にも美しい日本語入門

『世にも美しい日本語入門』を読んだよ。『世にも美しい数学入門』の姉妹編。

本書の冒頭から最近の筆者の持論である小学校の国語の時間の減少に反対する話題。筆者の著作が世間の話題になることが多くなってきたせいもあるかもしれないけど、この主張と同様な考え方が、そこかの新聞の社説に掲載されていたような…。
皆がそう思いながらも、誰も言わずにいたのかなぁ~って気もするよね。

アッシ的には、この本で文語体の美しさを認識したよ。文語体って数学の数式に似て、シンプル且つ的確に物事を表現しているよ。
昔の童謡や文部省唱歌はみんな文語体。それでも平気で歌ってた。歌詞は頭にすっと入ってきていたけど、意味不明で歌ってた。今でも意味は分からないものがほとんどだけど。
音楽の教科書はつまらなかった。だけど、副本の500曲ほど載っている本(題名忘れた)は好きだったなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/04/24

人物で語る物理入門(上)

『人物で語る物理入門(上)』を読んだよ。

物理学の入門書を言えば、朝永振一郎著『物理学とはなんだろうか』を思い出す。
20代の頃にこの本を読み、エントロピーとかエネルギーの概念が明確に分かったような気がしたから。確か本書にも出てくる電気と磁気の話もあったような気がするけど、まったく記憶に無し。エントロピーの話だけがアッシにとって、目からウロコだったのかもしれないね。

さて、本書。内容的には『物理学とはなんだろうか』に近いものがあるような気がするけど、話し言葉だからその分理解し易いかな。

ポイントはニュートン力学、光の性質、電磁気学、そしてエントロピー。そして、これらは常に繋がっていて、それらの発見にはそれらの先人達の成果から発展させているものがほとんど。先人の成果があってこその科学の発達なんだと思うよ。
そうそう、それが上巻最後の章のアインシュタインに繋がっているわけ。で、ひとつの疑問が。下巻には何が書かれているのだろう。アインシュタイン以後も科学の発展はあるのだけれども、人物的にはどんな人?って感じで、ピンと思い浮かぶ人がいない…。小柴さんとか田中さんとかが出てくるのだろうか?これまた下巻が楽しみだ~。

で、最後にまた思い出話をひとつ。エントロピーと言えば、高校の時に化学の先生がエネルギーを付加するとエントロピーが減少することを説明したよ。その時の事例が印象的で今でもよ~く覚えている。
「エントロピーは乱雑さだ。乱雑な状態にエネルギーを与えるとエントロピーは減少し整列する。」
とここまで静かに説明。急に
「静かにしろ!!」
と怒鳴ると授業中なのに騒がしかった教室内が静かになった。すかさず先生は
「エントロピーの増大したこの教室内に、怒鳴るというエネルギーを与えることで、静粛になったわけだ。」
なるほどなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/04/17

日本の花

『日本の花』を読んだよ。新刊が出てすぐに図書館に予約、アッシが貸出第1号かも。

最近読む本は花の本が多い。雑草とか山野草とか園芸向きの本は少ないけど。そんな訳で、今回の本も花の本だけどポイントは「日本の」という点にあるよ。

ところが「日本の」と言っても古くは薬草として中国から渡ってきたり、海流に乗ってその球根が流れ着いて野生化したりと、さまざま。
それを考えると、純粋な日本の野生種ってあるの?って思うけど、まぁそれはそれで深く考えないことにする。

春から冬にかけて日本人を楽しませてくれる48種の日本の花を紹介。四季があるからこそ楽しめるんだよね。そうそう、まさに日本でしか楽しめないという意味で「日本の花」なんだろうね。あ~、幸せ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/04/03

森を読む

『森を読む』を読んだよ。自然景観の読み方シリーズの1冊。

森を読むにはまず木のことを知らなくてはならないよね。第1章はまず木の読み方から。
広葉樹とか針葉樹とか照葉樹とか名前は知っているけど、その定義は知ることが少ないよね。図鑑に出てくる分類としては、裸子植物とか被子植物とか。イチョウが針葉樹だっていうのを知ってびっくり~。

木を知った後は、森の構造を観察。高木層、亜高木層、低木層、草本層、林床などで構成されているよ。そんなこと分かっているような気がするけど、きちんと整理されるとやっぱり分かりやすいよね。イメージが沸くから。

照葉樹林、広葉樹林、針葉樹林と解説は続く。
で、アッシが興味を持ったのは、雑木林の話。里山とか雑木林はきちんと管理された二次林だったんだね。人間が利用するために森を管理する。気が遠くなるような話のような気がするけど、その内容を知ると理に適った森の利用法であることが分かるよ。だから、それが放置されたら森でも林でもなくなってしまうよ。

結局、そういう理解があっての森の利用法を考えなくちゃいけないんだろうけど、現代人というのはそういう気の遠くなるような話にはピンと来ないんだろうなぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/03/26

「大人」がいない…

『「大人」がいない…』を読んだよ。久しぶりに清水センセー。

昔のことはわからないけど、今の世の中で「大人」だなぁ〜って思える人が少ないよなぁ〜って思うこと度々。幼稚、浅はか、浅知恵、単純っていうのが大人でない人の傾向なんだけど、これはイコール子供の傾向だよね。

人間は基本的に大人になりたくない傾向に流れやすいという。特に経済的に豊かになると大人にならなくても生きていけるから余計にそう。
そして日本人は未成熟が可愛いと思う傾向があるから、大人になりたがらないという。そして、未成熟なものに文化も向かう。アニメとかフィギュアとか。

大人かどうでないかをテーマにした小説が『坊っちゃん』あると筆者。詳細は本書を参照していただくとして、阿部謹也氏の世間の本でも『坊っちゃん』が度々紹介されているよ。だから、大人というテーマは世間とも関連しているのかなぁ〜と思うよ。

最後に引用。

誰が悪いかではなく、今どうするべきを考えるのが大人というものであろう。(中略)それは要するに、ぼくが悪いんじゃないもん、という子供の発想なのである。あらゆる事件、事故について、誰か悪い奴がいるんだと犯人探しをして、それですっかり納得したような気分になる。

あ〜、妙に納得…。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2006/03/21

考えないヒト

『考えないヒト』を読んだよ。書名と内容に乖離があるような…。

最近、考えない人が多いよなぁ〜って思うことが多いよ。よ〜く考えれば、理解できたり解決できたりするのに、どうも最初からそれを放棄しているような…。
そんな普段からのアッシの思いにピッタリ〜って思って読み始めたんだけど、ちょっと違っていたよ。
ポイントは「ヒト」と「人」。本書は生物学的な意味での「ヒト」を指しているよ。

そのヒトがケータイを持つことでどのような変化が起こるのだろうか?ケータイを持つ人々を分析し、サルとの比較を交えて出した筆者の結論は、10万年前の人類が言語を持つ前まで状態までに退化するという。
確かに今の日本人はコミュニケーション能力は退化しているような気がするよ。でもケータイのせいだけじゃないよね。日本語能力の低下だから。やっぱり小学生には国語を勉強させなくちゃ〜。

また別の観点から、世間とのつながりも変化しているよ。以下、引用。

日本では、私たちひとりひとりの自己の意識は、依然として他者との関係の中で形成される部分がかなり存在していた。近代主義的個人のような、外界との対立をはらんでいなかった。ところがIT化によって、その関係の枠が途方もなく拡大し、かつ輪郭が曖昧になる。結果として、「私」というもの自体が、とらえどころのないものに変質してしまった。
あ〜、ここにも日本人の世間が顔を出している〜。

#副題は「ケータイ依存で退化した日本人」とある。本書の内容はこの副題のほうがぴったりくるような気がするなぁ〜。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/03/19

祖国とは国語

『祖国とは国語』を読んだよ。最近、メディアへの登場が多い藤原正彦氏のエッセイ集。

その中での最大のテーマが「国語教育絶対論」。

筆者の主張は、

「国家の浮沈は小学校の国語にかかっている」
と。

この主張はアッシもかなりの部分で賛同できるよ。
人間の思考は言語で行われる。従って、言語能力が無ければ思考に弊害をもたらすわけだ。逆に、思考した結果を表現するためには言語能力がないとダメ。従って、小学校のうちから国語をみっちりやっていないと後が伸びないよ…というわけ。

「小学校における教科間の重要度は、一に国語、二に国語、三、四がなくて、五に算数、あとは十以下なのである。」
なるほどなぁ〜。

アッシも国語は重要だと思う。日本語すらまともに話せない日本人が多過ぎるよ。語彙が少ないから、的確な表現ができない。
英語や情報教育もテクニックとしては重要だけど、日本人としての基盤はやっぱり国語だよね。

あ〜、小学生には戻れないけど、これからでももっと本を読まなくちゃ〜。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/03/10

天文学者の虫眼鏡−文学と科学のあいだ−

『天文学者の虫眼鏡』を読んだよ。文学書のような科学書のような…。

古今東西の文学の中で表現されているテーマを、科学的な見地から解説してくれているよ。勿論、文学的な解説もあるけど。テーマとしては、大気圧、力学法則、暦、原子力、昆虫などがあったけど、一番多い話題は、筆者の専門分野である宇宙だよ。

で、今回はその宇宙の話題は置いておいて、アッシが気に入った話題を紹介。

夏目漱石と寺田寅彦(物理学者)は親交があり、夏目漱石の作品の中で度々物理学的な話題が出ているそうな。本書の中での事例『我輩は猫である』を見るとなるほど〜と思うよ。

水の分子の話も面白い。コップ一杯の水分子すべてを赤く塗って目印を付ける。それを海に流す。海全体でその水分子が均一になった状態で、コップ一杯の水を海から汲むと…。
コップ一杯の水の中には約700個の赤い印が付いた水分子が入るとか…。これはちゃんと計算で証明できるよ。
これの応用がまたスゴイ。海の水コップ一杯にニュートンの脳細胞の原子が4000個入っている計算も成り立つらしいよ。

で、最初の話に戻るけど、結局アッシ的には科学書として読んでしまったような…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/03/04

植物ごよみ

『植物ごよみ』を読んだよ。アッシが気になる本『花おりおり』の筆者だった〜。

1月から12月までのその季節の植物を話題にして、全73話。読みごたえは十分。しかも、筆者が農学博士だけあって、科学的な説明は説得力十分。
染色体の数でその植物の分類を考えたり、紅葉の仕組みや花の咲くタイミングを化学的な物質名を出して説明しているし。

そうかと思えば、万葉集に何首読まれているかで、その植物の日本での歴史を考察したりもする。また、その植物の名前の由来についても中国の文献まで紹介していて、ある意味で文学的な要素も。

そして、植物関連の本を読み続けているけど、今回改めて思ったこと。
薬として利用できる植物のなんと多いことか。そういう意味で植物と人間は古くから密接な付き合いなんだなぁ〜。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/03/03

日本社会で生きるということ

『日本社会で生きるということ』を読んだよ。阿部謹也シリーズ第6弾。

「世間」をテーマとした著者の6つの講演をまとめたものだよ。だから、話口調で書かれているので、非常に理解しやすいよ。例えば、以前の著作でも紹介されていたアイスランドのサガの紹介が今回があるけど、この本でようやくサガを紹介した意味が分かったような気がしたよ。

そんな中で、今回は日本には個人が無いということを示した例を本文中より2件ほど紹介。なるほどと思わせる印象的な事例だよ。

明治までは日本には自画像がというものがなかった。ヨーロッパでは自画像の歴史がある。日本では肖像画はあるけど、自画像ではない。その説明は以下の引用から。

これは、自分を個人を「世間」から切り離して見るということがないからです。あるいは自分を語ることがないからです。

夫婦茶碗の例も面白い。ドイツ人の家にお土産として夫婦茶碗を持っていった時、奥さんが大きい方を取って、「これが私の」と言ったという。もう一度、その説明を引用。

個人として妻や夫が位置しているのではなくて、夫婦という単位で暮らしている。さらにまた、そこにはある種の価値の上下まである。そういう意味ではヨーロッパ的な教育を受けながら日本人とはそれを建前としてしか受け止めてこなかった。

日本人が使う建前と本音の意味が、ここで鮮明になったような気がしたよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/02/20

新・東京の自然水

『新・東京の自然水』を読んだよ。高校時代は地学部所属。

題名通り、東京に存在する自然水を紹介している本だけど、自然水の範囲としては、湧水、温泉、地下水、井戸等。
その中でアッシの一番の興味は湧水。それはアッシが一番身近に捉えられるから。子供の頃から、井の頭公園(井の頭池)、善福寺公園(善福寺池)、石神井公園(三宝寺池)、武蔵関公園(富士見池)、妙正寺公園(妙正寺池)といった場所が遊び場だったよ。

本書に戻る。練馬区内に40年近く住んでいるけど、その練馬区内で今でも湧水が出ているところがあることを知り、衝撃を受けたよ。それが「八の釜憩いの森」。本の紹介では「東京の忍野八海」とか書かれているよ。
で、実は早速先日現場に行ってみたよ。近所にこんな凄い場所があったなんてビックリ〜って感じの自然が残されていたよ。それほど広くはないけど、人工的なものが皆無な場所。肝心の湧水は1箇所だけになったみたいで、池を覗いてみたけど、本書に書かれていたような自噴している感じはしなかった…。残念。

東京はそんな湧水が多いよね。地形的には多摩川の扇状地地形だから、奥多摩から地下に潜った地下水が崖地や傾斜地で地表に現れてくるんだろうね。←と、最後に元地学部部員として当時の研究成果を発表。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/02/16

雑草ノオト(2)

『雑草ノオト(2)』を読んだよ。『雑草ノオト』の続編。

今回も60種ほどが紹介されているよ。アッシが去年から今年に掛けて確認したのは9種だけ。少ないね。
でも、名前は知らなくても、見たことがあるものを数えれば、数字は一挙に上がると思う。だって、今までは雑草の名前なんて意識したことがなかったから。

そして、今回気がついたこと。意外に薬用になる植物が多いってこと。それだけ雑草は、昔から人々の生活に密着していたってことじゃないかな…。ただ、逆に一歩間違えると、有毒にもなりそうなものも多いよ。素人は手を出さない方がいいね。

もう1点。蔓系の植物が多く紹介されているよ。蔓系と言えば、アッシのお薦めはツルマメだけど、それ以外にも面白い生育の仕方の植物が多いっていう印象。

さぁて、春に向けて、まずはニリンソウ、キンポウゲ、ユキノシタあたりを観察してみたいなぁ〜。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006/02/12

八ヶ岳の森から

『八ヶ岳の森から』を読んだよ。『ぼくのペンションは森の中』の筆者の第2弾。

前著『ぼくのペンションは森の中』は脱サラしてペンション経営を始めるまでの話が中心だったけど、この本はその後の話が中心。ただ、その後と言っても、ペンション経営話はほとんど無いよ。前著が「就職しないで生きるには」シリーズのひとつだったこともあると思うけど。

で、今回はその八ヶ岳での生活、特に自然との係わり合いについて紹介しているよ。第2章は八ヶ岳に限っての話じゃないけど。
この本を読むと八ヶ岳山麓は冬に行ってみたくなるよ。筆者の野外活動が冬が多いという理由があるかもしれないけど、それを差し引いてもアッシ的には冬の八ヶ岳にはあこがれがあるよ。すべての自然が雪で覆い尽くされ、いったん無の状態になる。そして春を待つ。美しい自然の姿、そのものなんだろうなぁ〜。アッシの山の活動が夏中心だから余計かな…。

とにもかくにも、山への憧れがますます増加。今日の東京は寒かったけど、外に出てみると、真冬と違った寒さを感じたよ。←希望的観測かもしれないけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/02/06

山を読む

『山を読む』を読んだよ。山の自然学の復習。

内容的には『山の自然学』とほとんど同じ。違いといえば、ヨーロッパアルプス、ヒマラヤとの違いを詳しく説明していることかな。
その説明を読むと、やっぱり日本の山はいいなぁ〜と余計に思ってしまうよ。日本の山は、緑は豊かで、山、谷と景観に富む。外国の山は、山自体に価値があるというか、それ単独での景観なので、単純だからつまらないのかも。山々が連なる日本の山だから、縦走という登山のスタイルが日本だけだというのも納得できるよね。

その他には、山の景観の成り立ちが、風、雨、雪、氷河、地質等(2次的には植生等を含む)で様々に存在するって言うことが改めて分かったよ。
つまり、山の自然のメカニズムと成り立ちは、植物の生態系と一緒だよ。複雑なバランス体系で成り立っているので、そのバランスが崩れれば自然が壊されるってことなんだよね。

この本、「自然景観の読み方」というシリーズもの全9冊。『火山を読む』とか『動く大地を読む』とか、食指が動くなぁ〜。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/01/29

白神山地−恵みの森へ−

『白神山地−恵みの森へ−』を読んだよ。山の本が続く〜。

世界遺産に登録された白神山地に生活する人々を様子やその自然をまとめた本だよ。青森側が中心だけど。

高尾山の本でも同じだったけれども、生態系を考える自然保護の考え方はこの筆者も同じよう。白神山地が世界遺産に登録されたといっても、それは一部の場所に限られていて、その周辺ではいままでと同じような開発が続いているようだよ。
だから、金アユが減少したり、河川の水量が減ったりする。それは地元の人々の生活に直接影響を与える。
屋久島のように島全体が世界遺産に登録された場合は、島全体の生態系が保護されるわけだから、理想的なんだろうね。

面白かったのは「入山禁止」の考え方。結局、生態系を考えた保護ならば、「入山禁止」なんていう発想にはならないんだろうね。単に入山者はゴミを捨てるなとかいったレベルではないんだから。
「入山禁止」はある学者様の研究の為の独り占め行為に他ならないと筆者。

山は誰のものか、改めて問いかけなくてはならないね。アッシのひとりの登山者として。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/01/26

高尾山から地球が見える

『高尾山から地球が見える』を読んだよ。

筆者の主張は「動植物の保護より生態系の維持」という観点だよ。高速道路の建設や大規模な公共工事の環境アセスメントでは、自然保護の観点からそれなりに作文されているようなんだけれども、それは単なる個別の動植物をどう保護していくかという視点でしかないみたい。

本の展開的に面白いのが、その圏央道の話題をベースに、ヒトを生み出した自然の歴史を宇宙の誕生まで遡って説明していること。
ビックバンから始まって、宇宙の晴れ上がり、太陽系・地球の誕生、生命の誕生と進化まで。アッシ的には『天文学入門−星・銀河とわたしたち』や『宇宙と生命の起源』の復習にもなったよ。
このことは、ヒトは自然の一部であり、決して自然の支配者では有り得ないということを説明しているんだと思うよ。

最後に引用。東京・羽村市での地元説明会で、圏央道の為に奥多摩の景観が遮られるという質問に対する建設省の回答。

「工夫したいと思う。たとえば橋の側壁に山の絵を描く」(毎日新聞、1989年3月9日)。参加者からは「銭湯じゃないぞ」と怒号が飛びかったという。

あ〜、圏央道も気になるけど、アッシの自宅的には外環道がもっと気になる。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006/01/19

火山はすごい

「火山はすごい」を読んだよ。「地球は火山がつくった」と同じ著者だよ。

「地球は火山がつくった」は岩波ジュニア新書で中高生向けの本だけと、この「火山はすごい」の方が内容が易しいよ。それは、エピローグにもあるように、この本が科学のおもしろさを伝える為に書いた本だから…らしいよ。
そんなわけでスイスイ読める。難しい用語は出てこない。火山噴火の時に報道されるニュースや新聞の用語を知っていれば、理解できるよ。

紹介されている火山は、阿蘇山、富士山、雲仙普賢岳、有珠山、三宅島・雄山。後者3つは最近の噴火でよく知られているし、富士山の火山は有名。そんな訳でアッシ的には阿蘇山の話は新鮮で面白かったよ。馴染みも無いしね。

全体的なトーンとして筆者は、「火山はまだまだ分からないことが多い」ということを強調しているよ。だから、どこかの火山で噴火が起こって、専門家が今後の動向や予想を語ったりするけど、無責任なことは言えないんだろうと思うよ。地震と同じで常に慎重にならざるを得ないんだろうね。
最近の大雪でも雪崩の専門家が現地に派遣されたりしているけど、通行止めの解除が簡単に出来ないのは同じ理由なんだろうね。

それにしても、今富士山が大爆発して、火山灰が日本各地に降ったらと思うと怖いなぁ〜。コンピュータが全滅しそうだよなぁ〜。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/01/10

雑草ノオト

『雑草ノオト』を読んだよ。アッシ的には、春に向けての予習と復習。

いわゆる雑草と謂われている植物が60種ほど紹介されているよ。本文中でさらに関連する種類も紹介されているから、登場する植物の名前は300種類以上だと思う。

ただ、アッシ的に雑草扱いしてほしくないものも幾つかあったよ。例えば、ホタルブクロ。確かに平地にも生えているけど、山で見た時の印象が強いから。同様に、カワラナデシコ、リンドウとかワレモコウも同じ。結局、平地で見るのは野生種じゃないからなんだろうね。
30年ほど前は東京・小平でも野生のワレモコウが見掛けられたっていうのには驚き〜。あ〜、それを考えるとやっぱり雑草なのかなぁ〜。

また、本文に何度も出てくる言い回しが印象的。結局、雑草と言えども、抜くには忍びないものが多々あるとか。気持ちは分かる…。

さて、全60種のうち、アッシが去年実際に確認したのが24種。まだまだ修行が足りないね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/01/03

ぼくのペンションは森のなか

『ぼくのペンションは森のなか』を読んだよ。『日本の国立公園』の筆者の処女作だよ。

「就職しないで生きるには」というシリーズの1冊。だから要は脱サラしてペンションを経営するまでの顛末記っていう感じかな。
ただ、文のそこかしこに、後の「環境省を応援しよう」スタンスが芽を出しているから、そういう視点で読んでも面白い本だよ。いや、むしろそういうスタンスでアッシは読んだよ。

筆者は八ヶ岳の東南麓にペンションを建てるわけなんだけど、どうして八ヶ岳にしたか…。やはり、子供の頃からの親しみなんだよね。中央線に乗って、山に行った経験が植え付けられているというか、染み込んでいるとかいった感じかなぁ〜。
アッシも小学生の頃から野辺山にキャンプに行ったりしていたから、多分、八ヶ岳への思いは染み込んでいるかも。残念だったのは、当時小学生は赤岳に登らせてもらえなかったんだよな〜。飯盛山も楽しかったけど…。

で、筆者のペンションライフは楽しそう。夏のオンピークにしっかり稼いで、冬のオフピークは自分の時間。あとがきだけど、こんなくだりがあるよ。

≪晴れれば、天気がいいとクロカンに出かけ、雪が降れば心浮き浮きクロカンに出かけ、曇っても、今日は雪質がよさそうだとクロカンに出かけてしまう毎日≫

あ〜、このシチュエーション、アッシの花巡り出撃と同じような気がしてきた〜。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/12/30

天文学入門−星・銀河とわたしたち

『天文学入門−星・銀河とわたしたち』を読んだよ。参考文献の欄で気が付いたんだけど、『宇宙と生命の起源』の導入版というか簡易版だったみたい。

簡易版といっても、理路整然と説明することには変わらない。
地球、太陽系、銀河系、そして宇宙全体を説明する中に、生命誕生の謎が解き明かされているよ。そこには単なる天文学だけの領域ではなく、物理学、生物学、そして化学が基礎知識として与えられているよ。元素の周期表なんて久しぶりに見たよ。水兵リーベはボクのフネ…。←天文学の本とは思えないでしょ。

各章の最後に課題が載っているよ。単なる知識レベルを問うものではなく、その章のテーマに沿って、更に探求するための課題が与えられているよ。そんなところが気に入ったよ。

最後にいつものアッシの疑問。ビックバンの以前は何だったのか?
本書の回答は、

≪まだ何もわかっていません。宇宙は「無」からはじまった。宇宙とともに「時間」もつくられたと考える人もいます。あなたはどう考えますか。≫
だったよ。
「時間」がこの時作られたと考えると都合がよいのは確かだけど…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/12/27

多摩の植物散歩

『多摩の植物散歩』を読んだよ。ついに禁断の花の本。しかも地元密着型だから、ますますのめり込み〜。

多摩の…と題名にあるけど、かなり範囲は広いよ。西は御岳付近から東は新宿御苑まで。だから、アッシの地元も範囲の中。
とは言っても、日本の何処でも観察できる植物がほとんどだと思うよ。

春夏秋冬でその季節の植物を紹介している本だけど、本文の中でよく出てくるのが、その植物に関連した短歌や俳句。
それらを読むと、四季折々に植物を愛でる日本人がいて、アッシもその日本人なんだよなぁ〜っていうのをつくづくと感じさせられる。
特に万葉集からの引用も多いのは、そこに日本人の原点があるんだろうなぁ〜って思ってしまう。

知っている花が話題になればニヤリ、知らない花があれば熟読。12月から1月はもっとも花の少ない季節。知識を仕入れて、満開の春に備える時期なんだよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/12/23

日本の国立公園

『日本の国立公園』を読んだよ。筆者はアッシの高校時代の友人の従兄弟。面識は無いけど。

まずは日本の国立公園とアメリカのそれの違いから。国土の面積が違うから、アメリカは思い切った政策が打てるようね。日本の場合は、国立公園の中にしがらみが多過ぎる。住民とか林野庁とか…。

その事例として、幾つかの国立公園が紹介されているよ。
知床国立公園や小笠原国立公園のように住民がほとんどいないアメリカ型の国立公園、観光依存型の典型である富士箱根伊豆国立公園、観光依存ではあるけれども独自の政策で自然保護を進める上高地(中部山岳国立公園)など。

本書の基本的なスタンスは、あとがきのタイトルのように「環境省を応援しよう」だね。どこの国立公園も縦割行政による弊害ばかり。だから、環境省が旗振り役で全体を制御することが理想なんだろうね。

それにしても、環境庁から環境省へ。自然保護の強化という意図があるんだろうけど、成果が見えない気がするなぁ〜。それに、大臣が小池百合子さんでなければ、マスコミにも名前が登場しないだろうなぁ〜。

PS. 初めて環境省のWebSiteを閲覧。あら、結構いろいろなことに取組んでいるんだね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/12/13

「世間」論序説(西洋中世の愛と人格)

『「世間」論序説(西洋中世の愛と人格)』を読んだよ。阿部謹也シリーズ第5段。

後書きによると、氏が世間について書いた初めての本みたい。だから、1992年に最初の単行本が出た時は本書の副題が書名だったよ。この副題から、世間の話は想像できないよね。

相変わらず、日本の世間の話の部分はすんなり理解できるんだけど、西洋の人格の形成とかの話になるとちょっと理解が追いつかない。島崎藤村とか金子光晴の話は以前の著書と重複するし。

その理解しやすい日本の世間の話は最初の章だけ。後は西洋の愛とか人格の話の話になる。アッシが理解したのは、キリスト教の告解という行為が西洋の個人を成立させたということだけ。
だから、西洋の愛とか人格が世間とどのように関連してくるのかが、さっぱり?だったよ。恥ずかしいことだけど。

恥ずかしいと言えば、最初は単行本『西洋中世の愛と人格』を読んでいたけど、電車の中で書名を見られるのがちょっと恥ずかしかったような…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/12/10

世間の目

『世間の目』を読んだよ。阿部謹也氏著作の引用が多々有り。

世間の本質をたくさんの事例を持って解説してくれているよ。そして、阿部謹也氏の本より理解しやすいのがよい。

取っ掛かりは、何故世間に興味を持つようになったか…について。
自分自身の意思ではなく、なんとなくそうなってしまったという事例は多い。なんとなくそうなったのは、自分の意思ではなく、世間が決めたんだと筆者は言う。
分かるような気がする。自分で決めたと思っていることであっても、やっぱり世間にご機嫌伺いをしてから決めているような気がするし。
その方が楽なんだよね。自分で決めるということは、その後の責任が発生するわけだし。
小渕元総理とか民間出身の小学校長の過労死、過労自殺の事例も。これはどの職場に有り得る話。身につまされるような。
筆者によると、世間が中途半端に解体された場合に起こり得る現象だとか。その解説にも納得させられるよ。

筆者の専門は刑事法学。だから、法律と世間についての矛盾の話も面白いよ。法律というルールがありながら、世間は別のルールを持っている。だから、そこには当然矛盾が発生するよね。

あ〜、ますます世間論にのめり込みそ〜。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/11/26

高尾の森から

『高尾の森から』を読んだよ。森の本が続いているけど、新たな発見多々有り。

筆者は高尾ビジターセンターの自然解説員(当時)。その当時に高尾山であったこと、思ったことを綴ったものがこの本だよ。

東京に住んでいて、高尾山に登ったことが無い人はまずいないと思うよ。アッシにしても、初めて個人的に出掛けた山行は高尾山だったし、高校の遠足でも行ったような気がする。
そうそう、毎年4月に中央線に乗ると小学生の団体に遭遇することが多いし。

そういう意味で筆者が言うように、高尾山にヒトが訪れることにより、高尾山に与えるインパクトはかなりのものなんだろうなぁ〜と思うよ。それが一番の自然破壊である裸地化に繋がるんだろうね。

本書の前半は、高尾山の自然について、あれこれ。植物、動物、昆虫、気象とさまざまな話題。後半はヒト的な話題。
このヒトが一番高尾山にとっては厄介な代物なんだよね。本来の自然の仕組みが分かっていないから、自分勝手な論理を振り回すヒト。圏央道建設にしても同じようなことが言えるみたい。あ〜あぁ。

それでも、この本を読むと改めて高尾山にまた出掛けたくなるよ。インパクトを与えない為には出掛けないのがベストなんだけど。あ〜、矛盾があるよね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/11/23

ブナの森を楽しむ

『ブナの森を楽しむ』を読んだよ。森にはいろいろな楽しみ方があるね。

印象的なのは、食物連鎖の話。
ブナの森を保護しようとかいうと、ブナだけ保護すればって思うかもしれないけど、ブナの森にはたくさんの動植物が共存している。その共存関係を維持しなければ、ブナの森を保護することにはならないんだろうね。
そして、その食物連鎖の仕組み。寸分違わぬ精緻な仕組みで成り立っているんだよね。
ブナの葉を食べる蛾の幼虫はどうしてブナしか食べない種類が多いのかとか、ブナの実の豊作はどうして5年周期なのかとか。これがすべて意味があることだから面白いよ。

ヨーロッパのブナと日本のブナの対比も面白い。そこに生息する蛾や蝶の種類の違いがその性質の差を明確に表しているようだよ。

筆者は「森はだれのものか?」と問い掛ける。『日本の美林』にも出てきた東京都水源林や襟裳岬の昆布を蘇らせた森などの例は、単に森がそこにあるというだけではなく、下流の人たちの生活の糧となっていることの事例だよね。

だから、ブナの本だけど、ブナだけでなく森を考えさせられる本だったよ。

子供の頃は針葉樹がカッコイイと思っていたけど、広葉樹の方が進化していた植物だったんだね。この歳になって始めて知ったよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/11/19

日本の美林

『日本の美林』を読んだよ。これは山の自然学のひとつだね。

日本各地の森を紹介しているよ。そこでの自然や森と人々の生活との関わりについても述べているよ。特に森を作るという立場での林業の展開についての話が興味深いよ。

アッシに身近な例でいえば、奥多摩・水源林。森を作る目的は水源の確保。目標がはっきりしているから、森の作り方も明解だよね。
この森があったからこそ、玉川上水や千川上水が今でもきれいな水を流して、河辺で花が観察できるわけだし。←これもアッシの身近な例。
他の森の場合、その時々の社会情勢で目的が変化し、伐採や植林が行なわれてしまっているみたい。

それにしても林業のスパンは桁が違う。そして美しい森はさらに1桁違う。10年スパンというより100年スパンだからね。
逆に言うと、それだけのスパンで林業が考えられれば、すばらしい森が幾つでも人の手によって作られるっていうことだと思うよ。気の長い話なんだけど、後世の為には必要なんだよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/11/10

上司は思いつきでものを言う

『上司は思いつきでものを言う』を読んだよ。ちょっと期待外れだったけど。

書いてあることは理解できるんだけど、結局何が言いたいのか分からない…。同じようなことが繰り返されているだけか?なんて思ってしまう。←これが、期待外れの理由。

ただ、思いつきでないとすると、何かデータ的な根拠があってものを言うということになるんだよね。
データから傾向と対策を抽出して、その対策を練る。それでも出てくる結論は、どっちにしても単なる思いつきでしかないんじゃないかなぁ〜って思うんだけど。

勿論、収穫もあったよ。「官僚的な思考パターンとは何か」とか、「株式会社は日本に似合わないかもしれない」とか。
特に後者は、阿部謹也さんの「世間」の話に通じるものがあって、よく理解できたような気がするよ。
それにしても、こんなところにも「世間」が登場するなんて、「思いつきでものを言う上司」って、あまりに日本的だよなぁ〜。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/27

地球は火山がつくった

『地球は火山がつくった』を読んだよ。アッシの興味は宇宙の誕生から地球の誕生へシフト。そして相変わらずの岩波ジュニア新書。

話の展開は、地球の表面上の動きから始まって、次第に地球の中心の動きに話題が移っていくよ。

地球の表面といえば、火山から噴出する岩石や溶岩だよね。成分によって性質が違うから噴火の被害や火山の形状が違ってくるってわけ。

地球表面の動きを説明してから、その次はマグマの動きについて。だって、なんで地球内部のマグマが上昇してくるのか不思議だよね。そのメカニズムがきちんと解説されていてわかりやすいよ。

さて、地殻の下にはマントルがある。そこで出てくる話がプレート・テクトニクス。マントルにも固いマントルと軟らかいマントルがあり、それがプレートの動きに影響しているような…。で、結局プレートの動きに火山が連動しているっていう訳。

もっと深くなると、プルーム・テクトニクスという概念が出てくるよ。地殻からの深さで言うと、核まで到達するくらい。その範囲でもマントルの動きがあって、これがまた火山に影響しているんだ。

これだけ証拠が揃うと著者が言うように、「地球は火山がつくった」っていうのも納得できるかなぁ〜。あ〜、でも「火山は地球がつくった」とも言えるような気がする〜。

どちらにしてもこの本、論理が明快で分かりやすいよ。全部が繋がっているから読んでいてスッキリした気分だったよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/18

里山を歩こう

『里山を歩こう』を読んだよ。最近、お気に入りの岩波ジュニア新書カラー版。

滋賀県大津市の仰木を紹介した半分写真集。
多分、日本の何処にでもある里山と同じなんだろうけど、こうして改めて紹介されるときれいだよね、里山。

そして、当たり前なんだろうけど、そこに暮らす人々の生活が四季の自然と共にあるんだよね。そしてそれが普通に営まれている。都会にいるアッシはそういった営みとは無縁に暮らしている。それでいいような悪いような…。

このところ、休日に雨というパターンが続いているね。出撃もままならず、本読みが続いています。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/10/15

「教養」とは何か

『「教養」とは何か』を読んだよ。阿部謹也シリーズ第4弾。そして『「世間」とは何か』の続編。

前著が分かりやすく面白かったの対し、こちらはいきなり難解。全体の2/3は半分?で頭に入っていないかも。
というのも、前著は引用がほとんど日本の書物だったのに対し、こちらはヨーロッパものが多かったからかも。

そんな訳で、アッシが理解したことも、断片的。

・「いかに生きるか」という問いが教養の始まりだった。
・建前と本音があるのは「世間」があるからだ。
・「世間」は身振りの世界である。だから、建前は文字で表された。
・個人の教養と集団の教養は異なる。ここでいう集団とは世間のこと。

特に、建前と本音の話はすごくよく理解できたよ。建前は世間のため。本音は自分のためだからね。
結局、世間についての理解は深まったけど、教養については…?だね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/08

山の自然教室

『山の自然教室』を読んだよ。アッシは山の自然学に夢中。

『山の自然学』(岩波新書)の岩波ジュニア新書版かな?でも、読みでがあって面白かったよ。中高生向けだから優しく書いてあるし。と言っても、表現がやさしいだけで、中身はなかなか高度だよ。

内容的には、山の自然学の概略を紹介してから、具体的な事例として日本各地の山を紹介しているよ。
で、アッシが気になったのは高尾山の項。高尾山は自然の宝庫だと言われていたけど、それは東京に住む人にとっての意味だと思っていたけど、違うんだね。
自然学的にも多彩な植物・生物が存在することが分かったよ。だって、高尾山にブナがあるなんて思いもしなかったもの…。
そして、本書はその理由まで解説しているよ。読んでいる方もすっきりする。だから、圏央道への影響もよく分かるよ。もう、だいぶ工事は進んでしまっているけれどもね。

それ以外には、富士山、北八ヶ岳、尾瀬、紀伊・大峰山、白馬、北岳と解説しているよ。それぞれ興味深いことばかり。

ただ、まとめてしまうと、各地の植物体系は地質がかなりの影響を及ぼしているような気がするよ。石灰岩とか玄武岩とかの違いで植生がまったく違うし。

岩の種類は中学で習って、高校では地学部。結局、そんなアッシに刺激を与えてくれた本だったけど。冬になったら、高尾山でも行ってみるかなぁ〜。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/07

数学を使わない数学の講義

『数学を使わない数学の講義』を読んだよ。春に予約をいれて、ようやく借りられたよ。

筆者は数学科卒業の経済学者。だから、数学が社会的にどんな役割を担っているかがよく分かっているよ。
そして説明が上手い。タイトル通りに数式なんてまったく無し。だから、スイスイ読めるよ。

テーマは数学の論理について。社会には数学の論理が使えることが多々あるよね。特に集合論。そこから派生する存在問題や必要十分条件。
「集合Rに含まれるaに対して、ホニャララならば、ホニャなbが存在する」とかいった命題、懐かしいなぁ〜。
でも、筆者曰く、そういう論理は日本人は得意じゃないって。例えば、

≪山本七平氏が『「空気」の研究』(文藝春秋社刊)で解明されたとおり、日本社会の総意はムードによって決定されるものであり、そこには論理的な基準が存在しない。≫
と言う。
そう、そこにはやっぱり「世間」があるんだよ。こんなところでマイブームの「世間」と関連付くとは思わなかったけど…。
そんな訳で、この本はある種の日本人論でもあるような気がするよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/09/29

宇宙と生命の起源

『宇宙と生命の起源』を読んだよ。久しぶりの宇宙モノ。

岩波ジュニア新書だからっていって、バカにしてはいけないよ。アッシが読んで難しいと思った箇所もかなりあったし。中高生向けらしいけど。

内容的には、ビックバンから始まり、星そして人類が誕生するまでのメカニズムというかシナリオを説明しているよ。
アッシが知りたかった「ビックバン以前はどうだったのか?」という疑問にも答えてくれていたから嬉しかった。でもちょっと理解しづらくて騙されたような気がしないでもないけど…。

メカニズムって書いたけど、本の内容が理論構築されているから、この複雑系の世の中がこのメカニズムで作られたのかと思うと、その整然さに驚きがあるよ。

さらに、単なる宇宙論ではなくて、生命の誕生にまで話が及ぶから、宇宙物理学とか生物学とか化学とかいうカテゴリーでは分けられないよね。そういう意味で壮大さを感じたよ。

最後に引用を。アッシの疑問、ビックバンの前は何があったのか?の答え。

≪宇宙は時間の流れの中につくられたのではなく、時間とともにつくられた≫

そうです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005/09/23

「世間」とは何か

『「世間」とは何か』を読んだよ。阿部謹也シリーズ第3弾。

いよいよ「世間」の本丸本…と思ったら、ちょっと予想外の内容。
日本人が世間に対して思っていたことや対峙していたことを、過去の文学作品の中から探り出そうという試みの本だよ。
万葉集の和歌から始まって、徒然草の吉田兼好、親鸞らの真宗教団の教え、江戸時代に入っては井原西鶴、近代は夏目漱石、永井荷風、金子光晴らの作品を取り上げているよ。
そういう意味で理屈を捏ねていないから、読みやすかったよ。引用とその解説というパターンの繰り返しも多かったし。

で、自分に振り返ってみて。
社会の法律だとか規則とかより、世間様の常識とか礼儀が優先しているような気がするんだ。そして、ほとんどの人が振り回されているような…。それがいいようで悪いような…。いや、イヤだと思っていても、それを無視する勇気もない。結局、どう自分の中で折り合いをつけていくかなんだろうね。

最後に引用。夏目漱石『坊ちゃん』について、筆者が語る。

≪明治以来私達は、私達を拘束している「世間」の存在に感づいていたにもかかわらず、それを対象化することができず、そのために坊ちゃんに身を寄せて架空の世界の中で「世間」をやっつける楽しみを味わってきたのである。≫
文学の世界を持って、世間との折り合いをつけるという例か…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/09/13

学問と「世間」

『学問と「世間」』を読んだよ。阿部謹也シリーズ第2弾。

本書の前半は、日本の学者たちの現状分析。

≪わが国の学者たちは、それぞれに自分の「世間」を持っていて、「世間」に対して(論文を)書いている。だから、わが国の現実と関係が無いという事に気がついていない。 ≫
と、第1章では手厳しい発言。
要は社会に目を向けていないんだろうなぁ〜。内輪(世間)に評価されることが学者としてはすべてなんだろうなぁ〜。そのような学者たちの為に、アッシらの税金が使われていていいのかなぁ〜って思う。私立大学も例外じゃないけど。

第2章では現状の大学の問題点を指摘する。万葉集のある歌について、成立年代と時間について国立天文台に問合せたと事例を紹介し、

≪人文科学と自然科学との間だけでなく、人文諸科学相互の間ですら、ほとんど連絡がないのが現状である。その理由はそれぞれの学問分野の担当者が「世間」を構成しているためである。≫
と、分析している。
確かに、現実生活の中で直面する問題は、学問分野を横断するものばかりだよね。これを読むと、いざという時、本当に学者は役に立つのだろうか?って思うよね。

第3章はフッサールの<生活世界>の解説と改めての世間論。フッサールの解説はアッシには難解。だから、最後の数行を引用。ここだけは凄くよく理解できたから。

≪わが国の政治は「世間」の動きを見なければ理解できない。派閥の動静などは「世間」の典型というべきものである。≫

第4章は<生活世界>の教養について。単にお勉強の中で得た知識を頭の中で理論構築する学問はこれからは捨てられると筆者。現場主義を唱えるているよ。それが学問の社会への還元になるんだろうなぁ〜。それにしても「世間」を超える必要があるんだろうけど。

筆者の教養とは何かのひとつの答え「いかに生きるか」はアッシに充分な満足感を与えてくれたよ。
しばらくは、この阿部謹也シリーズが続きそうな予感。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/09/06

天才の栄光と挫折−数学者列伝−

『天才の栄光と挫折−数学者列伝−』を読んだよ。ニュートン、ハミルトン、ラマヌジャンは『心は孤独な数学者』と重複するけど。

アッシが気になったのは、関孝和とチューリング。どちらも、数学が直接社会に影響を及ぼしているから。

関孝和は暦の作成に携わった。他の数学者と争って負けたんだけど、理論は間違っていなかったらしいよ。後は、仕えた主君にツキが無かったね。
で、もっと凄いのはライプニッツと同時代に、微積分学の近いところまで到達していたということ。西欧の場合は先人の積み上げがあるんだけど、日本の和算にはそういった積み上げが無かったみたい。だから余計に凄いと思うよ。

チューリングは、チューリングマシンが有名だよね。世界で最初のコンピュータはエニアックだと思っていたけど、ホントはイギリスのコロッサスというマシンだったんだね。
ただ、エニアックにしてもコロッサスにしても、軍事目的だったという点に代わりはないんだけど。

この本には、全部で九人の数学者が書かれているんだけど、どの人物にも波乱万丈の人生がある。そして、読んでいてハラハラさせられたり、応援したくなる気持ちになったよ。その感覚が不思議な感じ。
単にアッシが数学者贔屓だからかなぁ〜?

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/09/01

山とつきあう

『山とつきあう』を読んだよ。『山の自然学』の流れで、また自然学。

本書はテーマが3構成。
一つ目は穂高岳、白馬岳を中心とした北アルプスの山岳における岩石の風化作用のメカニズムを解明しているよ。どうしてあの硬そうな岩石が割れるかとか、それがどのようにして崩れ、下方に運ばれていくか…など、そんなこと当たり前と思っていたことが論理的に説明付けられているよ。読んでみて、なるほど〜と思ったことが多数あったよ。

二つ目は上高地の自然の成り立ち。梓川と河辺林の関係、そして周辺の山々から運ばれる土砂の作用。すべてが連関して上高地の自然を成立させていることが、論理的に説明されているよ。
だから、それに人間が直接手を下すことは短期的には効果があるかもしれないけど、長期的には意味が無いってことがよく分かるよ。

三つ目はヒマラヤ登山とネパールの関係について。世界中からエベレストを目指して登山やトレッキングに来ることにより、チベットの人々の生活が変わっているといった話。当然、自然への影響も見逃せないみたい。人々の生活と森林破壊は密接に関連しているようだし。

まとめとしては、タイトル通り、我々がどう「山とつきあう」かってことになる。自然的な破壊は止められるわけにはいかないから、ひとりひとりがLowImpactを徹底するしかないんだろうね。
だから、湯ノ沢峠で見た花を採集していたようにみえたオバチャンたちは、山に来る資格がな〜い!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/08/25

阿部謹也自伝

『阿部謹也自伝』を読んだよ。実は筆者と同じ職場だったことがあったりする…。

一橋大学学長を二期勤め、一橋大学名誉教授の筆者。専門はドイツ中世史、西洋社会史。こんな立派な学者が同じ職場だったなんて〜ってまずは驚きのアッシだったよ。

子供の頃の話から始まって、中学、高校の時代。石神井西中とか石神井高校が出身だったとは…。アッシの実家に近いよ〜。
大学は一橋大学で、そのまま大学院へ。小樽商科大学時代にドイツへ留学。東京経済大学を経て、母校・一橋大学に戻った筆者。すぐに学部長などの要職に付いたみたい。学問と学内行政の両立についても書かれていたよ。

で、何度も出てくるのが自分の研究と世間の関係。自分の研究が現在の自分や日本にどう関連してくるのかを常に考えていたと云っているよ。他の研究者は、研究対象に視点を重視するだけだということも指摘しているよ。

アッシの興味があったのは一橋大学の学長時代の学内行政の話。こういう話は自伝でしか書けないことなんだろうね。アッシ的には非常に興味深く読めたよ。
特に、独立行政法人化に向けた動きを睨んだ学長選考規定の改定を含む改革の話。あ〜、改革流行りの世の中だけど、強いリーダーシップが必要なんだなぁ〜って改めて思うよ。

久々のヒット本。面白かったよ。暫くは阿部謹也フリークになりそうな予感…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/08/20

登山の誕生

『登山の誕生』を読んだよ。山関係が続くけど。

ちょうど読みたい本の端境期ってあるよね。予約していた本がなかなか手に入らなかったり。で、そんな時につい手に取ったのが、この本。

ヨーロッパの登山から始まって、日本の登山の歴史が綴られているよ。楽しみとしての山登りって、ホントについ最近の出来事なんだってことが分かるよ。
特に面白かったのはヨーロッパでの山に対する考え方。16世紀頃までは山には悪魔が住んでいると言われて、誰も近づかなかったとか…。宗教の影響が大きかったみたいだね。日本ではどちらかというと宗教的には積極的に山に登ったいたみたい。それでも、景色とか花とかが美しいということすら感じられなかったのかなぁ〜。
その後は、ヨーロッパでも日本でも科学の進歩が山への関わりに大きく関係しているようだよ。博物学、地理学、地質学の調査で山に入ることで近代的登山に移行してきたようだから。

なんで山に登るんだろうって考えると不思議だよね。つらい思いをして汗掻いて、わざわざ登るには、人それぞれに意味があるんだろうと思うけど。
アッシの場合は、若い頃は壮大な景色、最近は花を見ることが楽しみかなぁ〜。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/08/13

山の自然学

『山の自然学』を読んだよ。山もしばらく行っていないなぁ〜。

中学の理科の授業で、岩石の性質って学んだよね。鉱石標本がグループ毎に配られて、これが砂岩、これが花崗岩、これが安山岩って。
どういうわけかアッシにはすぐに見分けがついたんだけど、周りの女子はポカンとしていたよ。自分でも不思議なんだけど。

山に登るといろいろな地形が現れるよね。それがどうしてそういう地形になったのかって普通は考えないけど、この本を読むとそういうことにも興味が湧いてくるよ。
そして、植物。今までは、こんなところにあんな花が咲いているよっていう感じでしか見ていなかったけど、どうしてその花がそこに咲いているのか…って考えたことが無かったよ。
そして、今まで出てきた地形、地質が密接に絡み合って、そうそう標高とか気象とかも絡んでくるね。それらの要因が花たちの出現の必然性になるってわけ。
まさに自然学だよね。

これで、また山に行く楽しみが増えたなぁ〜。行く前に自然学の予習もしなくちゃ〜。

#高校で地学部だったアッシ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/08/07

騙し絵 日本国憲法

『騙し絵 日本国憲法』を読んだよ。

清水センセー得意のパスティーシュを日本国憲法に魔法のように掛けちゃったって感じかなぁ〜。

憲法前文を21もの違うパターンで表現した「21の異なるバージョンによる前文」は、まさに圧巻。そうそうこの人が表現したらこういう表現になるだろうなぁ〜って頷けるよ。
それにしても、これだけのバージョンを作るとなると単なるパスティーシュ小説を書くという行為だけでは収まらず、その準備として憲法を理解するという行為が必要になるはずだよね。そういうところが清水センセーのハカセ振りを発揮するところだよね。

小学校か中学校で、憲法のことを習ったと思う。学校で教わることは、日本国憲法の特徴とポイント。その成立の過程とか、裏にあることは当然教えてくれないよね。だから、素直な少年少女は、日本国憲法は世界に例をみない素晴らしい憲法だって思うんだろうね。

この本を読むと、その日本国憲法には矛盾に満ちているって感じられるよ。でも、それはそれでいいんじゃないかってアッシは思うよ。天皇のように法律の象徴みたいな扱いなんだから。詳細は法律で決めてねっていう態度でいいと思うから。

でも衝撃的な矛盾がひとつ。どうも憲法は絶対に改正できない構造になっているような…。「亜匍驢団の掟」をいう短編をご覧あれ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/08/01

大黒屋光太夫

『大黒屋光太夫』を読んだよ。07/28/2005に投稿した『大黒屋光太夫』とは違う本だよ。
題名は同じだけど、岩波新書から出ていたよ。だから小説とは違うよ。2004年2月が初版だから、参考文献に吉村昭の『大黒屋光太夫』が載っている。二匹目のドジョウってやつかも…。

小説とは違うって書いたけど、その通りに資料の引用で史実を忠実に再現しようとしているよ。だから、『おろしや国酔夢譚』とも吉村版『大黒屋光太夫』ともちょっとづつ違っている。

例えば、神昌丸乗組員にしても年齢とか出身地とか詳細だし、特に帰国後の光太夫たちの記述についてはかなり詳しいね。ロシア側の記録はそれほど資料的には残っていないだろうから、他書との差異が日本側の資料でしか出せないんだろうね。そういう意味で、『おろしや…』は帰国後の記述が弱かったし、吉村版『大黒屋…』も『おろしや…』よりはその部分でボリュームはあったけど、あくまで小説の域を出ない。特に時の幕府の動きの中で光太夫たちがどう位置付けられていたかが本書で明確になったよ。

唯一、小説とは違うところ。それはやっぱり表現だよね。旅の過酷さ、冬の寒さ、夏の蚊や虻の襲来…、小説は表現力が違う。小説だとグイグイ引きこまれていくけど、本書はアッサリ書かれているよ。う〜む。そんな訳で、どちらかの小説を読んでから、本書を読むことをお勧めするよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/28

大黒屋光太夫

『大黒屋光太夫』を読んだよ。『おろしや国酔夢譚』と同じテーマの小説だよ。

小学生の時に、確か後楽園かどこかで「大シベリア博」っていうのをやっていた。父親と見に行って、壮大な草原やバイカル湖の景色とかに子供ながら魅せられて帰ってきた記憶がある。そういう風に記憶が残っているということは、パンフレットも買ってもらって飽きずに眺めていたのかも。
そんな訳で、アッシにはシベリア憧れの気があるのは確か。それでも、この小説を読むと、極寒の世界の厳しさに恐れをいだく。寒さだけではない。真夏の蚊の猛威も恐ろしげだよ。

で、登場人物の人々。光太夫は責任感が強く、知識の吸収が早い有能な人物として描かれている。10年間もの長期間、水主たちのリーダとして帰国すべく奔走しただけのことはあるね。

次から次へと物語りは展開し、アッシも無我夢中で読んだよ。読んでいる時には、アッシは光太夫になりきっていたかも。

『おろしや国酔夢譚』と比べてみると、『おろしや…』の方がドロドロした印象かも。『大黒屋光太夫』はさっぱりとして読了感がいいかもね。
結末も、『おろしや…』は幽閉されたという感じだけど、史実は違うみたい。その史実が明らかになったのは『おろしや…』が書かれた後だから、比べるのは間違いだけど。両者とも小説なんだし。

こんな風に書くと『おろしや…』の印象が悪くなるかもしれないけど、アッシは『おろしや国酔夢譚』ももう一度読んでみようかなぁ〜なんて気になっているよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/24

地図を楽しむなるほど事典

『地図を楽しむなるほど事典』を読んだよ。『地図を探検する』と同著者だよ。

いろいろな事例で、地図を定点観測するとその地域の社会的な動きがよく分かるっていうことを認識させてくれた本だよ。江戸の町、近代の東京湾、炭鉱の町・夕張、石狩川の蛇行…etc.
街を歩くと、あちこちに何とか跡とかいった史跡が建てられているけど、地上でそれを見てもピンと来ないことが多いよね。でも地図を見るとそれを空から眺めるから全体を広く見渡せるんだろうなぁ〜って思う。だから、そうか〜、昔はこういう屋敷があったから、今はこうなっているんだぁ〜って納得できるわけ。イメージが掴みやすいんだよね。

もうひとつ興味深かったのが、地図記号のあれこれ。小学校で習ったよね。あれ?アッシはボーイスカウトで憶えたんだっけ?こういう記号だったなぁ〜って改めて思い出す。
磁北線の話も思い出したよ。ボーイスカウトの当時はよく分からずにコンパスを使っていたっけ…。(^^)

最近は山に行く時はほとんど持っていかなくなった国土地理院の地形図。たまには買って眺めてみようかなぁ〜っていう気になったよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/16

文章読本さん江

『文章読本さん江』を読んだよ。今回も『はじめてわかる国語』の流れで。

文章の書き方系の本って数々あれど、読んでみたいと思いながら結局どれを選んでよいか迷っている間にこの本に巡り合えてよかったような気がしたよ。
だって、これで幾多の文章読本を読む気がしなくなったもの…。

文章に名文なんて有り得ないような気がしてきたし。アッシが名文だと思っても、他の人がそう思わないなんて例は多々あるし。それ以前に、アッシは「これは名文だぁ〜」なんて思った文章に出会ったことがないよ。

本書の前半は「くたばれ文章読本」風。文章読本に書かれている主張の自己矛盾や各論理を比較することで批判する。後半は『はじめてわかる国語』や『漢字と日本人』にも登場した明治以降の国語教育への影響を展開しているよ。
アッシが習った国語教育ってこういう変遷の上に成り立っているんだなぁ〜って、再認識したよ。

国語関連が続いたけど、3本の中で一番面白かったのは『漢字と日本人』かな。論理的で且つ読みやすかったから。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

2005/07/03

漢字と日本人

『漢字と日本人』を読んだよ。『はじめてわかる国語』の流れで。

アッシ(日本人)は何の疑いも無く漢字を日本語として使ってきたけど、そこまでたどり着くにはいろいろな経緯があったんだね。まずは、先人たちの努力と工夫に脱帽したよ。

『はじめてわかる国語』でも書いたけど、日本語の口語に漢字を当てはめるのは至難の業だったろうと思うから。
そして明治維新。漢字の熟語が一気に増えた。発音はお構い無しだから、同じ発音で違う意味の言葉。だから、日本人は話を聞きながら漢字に変換して意味化しているんだと思う。凄い処理能力。

で、本書は戦後の漢字排斥運動についても言及。漢字があるから戦争に負けたなんて、日本人の自惚れだと思うよ。漢字があるからこそ、論理的に表現できるんだと思うよ。和語はダラダラと長ったらしいでしょ。

発音の苦手な日本人が漢字を使うことで表現の豊かさを手に入れたんだと思う。しゃべりは苦手だけど〜、論理的な文章ならなんとか〜っていうアッシは典型的な日本人か〜?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/06/23

世にも美しい数学入門

『世にも美しい数学入門』を読んだよ。

数学の定理は美しい…なんてアッシが言っても理解してくれる人は少ないと思う。でも、この本を読んでみてくだされ。その意味が十分に理解できると思うよ。

だってさぁ〜、この世の中のこの混沌とした世界をひとつの定理でキレイに整理してしまうんだよ。こんなに美しいことってないんじゃない?
世の中が混沌としすぎているから、スパッと整理したい気持ちが強くなってきていると思うよ。アッシがその事例。
最近の数学ブームって、アッシみたいな思いの人が多くなってきている証拠かなぁ〜。

この本、対談風になっているのもよいよ。スイスイ読めて、今年1番のお薦め本ッス。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/06/21

内側から見た富士通「成果主義」の崩壊

『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』を読んだよ。

読んでいてぞっとしたよ。だって、うちの職場にも目標管理制度が導入されているから。でも、富士通と違うところは、今のところ年収に直結していないってことかな。

要はやることが中途半端ってことか…。管理する側も管理される側もその制度だけを見てしまうから。そして、その制度が全体に関連付けされていないと、効果が上がらないものだから。筆者も書いているけど、結局人事部の為の制度になってしまっては意味がないよね。

でも、こんなこと、富士通だけじゃないよ。多かれ少なかれどこの職場にもある。うちの職場だってあるわけだし。
そういう意味で、読み物としては面白い。つい、自分の職場と重ね合わせて読んじゃうけどね。

で、この筆者。すっかりライターになっちまったみたいだね。あるいは人事制度評論家?

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/06/13

はじめてわかる国語

「はじめてわかる国語」を読んだよ。

国語以外の、算数、理科、社会は無難にこなしたシミズセンセー。やっぱり専門分野だとちょっとトーンが違う感じ。
前半は確かに小学校の国語の話題が中心だけど、後半は教科としての国語というより、ほぼ日本語の話題になっているよ。

それでも、書いてあることは面白い。日本語を勉強することは伝え合う手段を学ぶことなんだって主張。確かにそう思うよ。でも、その手段が日々変化しているってことも実感している。
元々、和語に漢字を無理やり当てはめたのが、今の日本語だっていうから、余計にこれからも変化しそうだよね。

日本語に関する新たな知識(単にアッシが知らなかっただけ〜)も得られたし、もうそれだけでアッシは満足。
さらに言うと、日本語を国語という教科からの切り口で語る手法は、相変わらず楽しいね。やっぱり続編を期待する〜。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/05/28

数学的思考法―説明力を鍛えるヒント

「数学的思考法―説明力を鍛えるヒント」を読んだよ。

最近、数学関連の本を書店で見かけることが多くなったね。アッシにとってはうれしいことだよ。
でも、そのほとんどが数学を身近なモノとして説明するのに終始しているような気がする。

この本は、もちろん身近なモノを題材に説明しているけれども、その根本は「ねばり強く考えること」と「論理的にきちんと説明すること」をテーマとしているんだ。
これがアッシの普段から考えていたこととドンピシャだったよ。

考えること。普段からこの癖をつけておくことは必要だよね。筆者も「できなくても考えておくことが大切」って言っている。そう、普段から考えていないとひらめきなんて有り得ないから。
「ねばり強く考えること」を筆者は「試行錯誤すること」と言い換えているよ。マークシート問題の弊害も。答えだけ求めても意味がないのが数学だからね。

論理的にきちんと説明すること。アッシはこちらが一番気になる。自分の中で完結していても、それが説明できなければその人の成果と言えないからね。もったいない話だと思うよ。

結局、解き方とかやり方しか教えない教育を受けてきてしまったからね。定理なんて、解く為に思えるもんじゃないし。

あ〜、背理法とか数学的帰納法とか、懐かしいなぁ〜。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/05/13

早稲田再生

「早稲田再生」を読んだよ。

うちの職場、同じギョウカイなもんで、図書館で手にとってすぐに借りって決めたね。(^^)

で、読んでみて思ったこと。早稲田の考えた収入拡大策、支出削減策はどれを見てもうちの職場で考えたことと同じ〜!!
だって、マーケットが限られているし、その増減に同じようにどの大学も影響を受けるんだから。規模の大きさは関係ないな…。
そして、護送船団方式にあぐらをかいて何も考えてこなかった影響が直撃しているのも同じ〜。

だから、大学生き残り策とかいうけど、やることはどの大学も同じなわけだから、いかに早く効率的に実行するかしかないんだよね。

あ〜、抵抗勢力との戦いって無かったのかなぁ〜。この本には書いてなかったけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/05/01

清水義範の作文教室

「清水義範の作文教室」を読んだよ。

小学生の作文なんて、読むのは小学校卒業以来。書いたのも同じ。既に30年ほど前のお話。(^^)

でも、これが面白い、面白い。てにをは適当、文脈不整合、意味不明…なんて当たり前だけど、伝えたいことが伝わってくるんだよ。不思議〜。

子供たちの成長ぶりも楽しいよ。最初はやっぱり清水先生曰く「よい作文」。優等生的な作文だよね。だけど、清水先生の指導により、いきいきとした作文になってくる。小学生でも言いたいこと言ってるなぁ〜って感じ。それがまた楽しい。

振り返って、アッシ。唯一残っている作文が卒業文集だけど、まさに小学六年生って感じがするよ。子供の目で見た日本、そして一番近くにいる大人である父親から大人を学んでいたんだろうなぁ〜。

そうだ、実家に卒業文集を見に行こ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/04/13

今どきの教育を考えるヒント

「今どきの教育を考えるヒント」を読んだよ。

2月に読んだ「目からウロコの教育を考えるヒント」は、この後継本。
だから、論調的には読んだことがあるような話が続くような気がする。
教育の根本原理とは「知的文化の継承」と「社会教育」であると清水先生は言う。
まさにその通りだなぁ〜。先人の知恵って大事だから、次の世代に伝えたいと思うよなぁ〜。アッシも自分の知っていることはいろいろ伝えたいと思うし。
そういう意味で、いつでもどこでも教育って続くんだろうなぁ〜。

で、印象に残った文章。

「学校の成績のほうは、…。あれは所詮トレーニングなのだから、トレーニングの天才になってみたところであまり意味はない。」
そうそう。これもそう思う。
先人の知恵を自分なりにこなして応用していくのは、やっぱり社会に出てからなんだから。教育はそこで成果が試されるべきであるはずだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/03/21

ことばの国

「ことばの国」を読んだよ。

言葉に関するいろいろな面白話を集めた本だよ。言葉っていうより日本語だよね。
いつものように清水先生の独特の切り口があって、日本語も見方を変えるとホントに面白いね。

いつもの辞典シリーズ。「廃語辞典」と「使用禁止ことわざ辞典」。アッシは「廃語辞典」が面白かったなぁ〜。「使用禁止ことわざ辞典」はちょっと???っていう項目があって、いつもの先生のキレが感じられず、残念…。

気に入ったのは「ファッション用語の不思議」。これは小説っていうよりエッセイか?
ファッション用語の混乱を鋭く指摘していて面白い。アッシも気になっていたんだよなぁ〜、ズボンのことパンツっていう言い方…。

「言葉の戦争1、2」は笑えた作品。
1は英語を使わずすべて日本語のみで会話する難しさ。考えただけでもぞっとするけど、作品の中に出てくる日本語には納得する。上手い!!
2はさらに秀逸。1に加えて漢語も使わない。読み始めた時、絶対無理だろうって思ってたけど、これが上手いことクリアしているんだなぁ〜。さすが清水先生。かなり笑えたけど。

理系出身のアッシだけど、やっぱり日本語は気になるよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/03/20

「知」のソフトウェア

「「知」のソフトウェア」を読んだよ。

20年位前の古い本だからデジタル的な話題はほとんど無かったけど、発想は理解できるし、面白いよ。

話の流れは、情報のinputからoutputの仕方まで。
inputもいろいろな方法があるね。新聞、書籍、取材、etc。
そう、今ならそれにInternetが加わるか。

outputは難しい。筆者も言うように本来は人それぞれだと思うよ。
無意識でどんどん書ける部分もあるし、意識的に書かなくてはいけない部分もある。

で、この本を読んで最後に思ったこと。
人間もコンピュータと同じ動作原理なんだなぁ〜って改めて認識させれられたよ。あっ、逆か。情報処理の原理原則にそれぞれが従っているだけか…。
#この認識は、この本が単なるノウハウ本でなかったことの証明。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/02/21

目からウロコの教育を考えるヒント

「目からウロコの教育を考えるヒント」を読んだよ。

教育機関に勤務していながら、教育について真剣に考えたことがなかったけど、教育って難しいね。

この本は「今の大人たちは自分が子供だったことを忘れている。」って云う論調。確かにそうだよなぁ〜、今の大人たちはアッシも含めて今の若者をダメだと決めつけているかもしれない。いや、そう思いたいのだろうなぁ〜。
偶然だけど、「みんな昔は子供だった」なんていうTV番組がやっているし。

印象的だったのは筆者の子供の頃の思いを綴ったところ。読みながら、アッシも自分の子供の頃のことを思い出していた。
子供にもストレスや気持ちが荒れる時があるんだってことが今になって気がつく。小学校6年の時の通知表に「時々、気持ちが荒れることがあります。」って通信欄に書かれたっけ。思い当たることはあったけど、基本的にはボヤっと過ごしていたつもりだったけど。中学時代もボヤっと過ごしていたなぁ〜。高校の時にとりあえず自分の方向性がチラッと見え始めていたような気がするけど。

本書の中で、イライラしている若者に対してどういう言葉をかけるかというインタビューで、

「きみはどうも、三十歳を越してからもてるタイプだな」
と筆者は答える。
これを読んだ時に子供のことから気になることを思い出した。占いとかでよく「大器晩成型」って言われてた。だから、いつも歳をとってからの成功を夢見ていた。そろそろ開花してもいいような気がするけど…。いつになるのか、もう夢を見る年齢じゃないのに…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/02/18

大人のための文章教室

「大人のための文章教室」を読んだよ。

文章って人に伝えるために書く。だから、いかに分かりやすく書くかがポイント。
技術的には構造と修飾なんだと思う。この本にもそれらしきことが書いてあるし。身近な事例としては、HTMLとCSSなんかがそうだと思う。
この前TVで同じようなことを国語の先生が言っていた。文章で如何に伝えるか…国語を学ぶ意義はそこにある…と。
人の話(文章)を理解し、自分の考えを伝える。簡単なようで難しいね。
アッシなんて仕事で毎日いろいろな文章書いているけど、いつも推敲に時間が掛かる。文章にこだわり過ぎるっていう噂もあるけど。

で、最後にこの本のこと。
相変わらず、清水義範は面白いよ。出てくる文例を読むのも楽しい。いろんなパターンがあるから。まさに元祖パスティーシュ作家だって感じかな。
でもアッシはその文章さえ、直したくなる。最近、日本語中毒気味…。あ〜あぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/02/05

デジタルを哲学する

「デジタルを哲学する」を読んだよ。

まだMS-DOSが全盛の頃、同著者の「哲学者クロサキのMS-DOSは思考の道具だ」を読んだことがあったっけ。
この時も哲学と情報ってどういう関係なんだろうって思って読んでみたけど、結局よく分からなかった。でも、検索とかテキストとかいう概念はそこで本質を知ったような気がする。

で、本書。
もう一歩進んで、知識と情報の話が面白い。
なんでもかんでもデジタル化される今日にあって、ホントにそれがすべてか?って疑問を投げ掛ける。知の情報化が進むことによって、時間の要する熟考が疎んじられていくことを心配する。前著にあったように検索すれば済むことになるからか?
 でも、筆者が言うように、こういう情報って身に付かないんだよなぁ〜。勉強ってそんなもんじゃなかったし、それで済んだら学問なんていらないじゃん。

ライプニッツの逸話も面白い。
二進法の研究成果が当時の学会に理解されなかったライプニッツは、この計算方法が「日常的使用のためのものではなく、深い思索のために考案されたもの」だと言ったとか。なんと、300年掛かって実用化された思索。
コンピュータはその思索が無ければ誕生し得なかったのだから、現代における哲学も数学も本質を見極めるという目的があることには代わりはないと思うわけ。筆者は現代における哲学のありようを心配しているようだけども。

それにしてもライプニッツ。数学者だとばかり思っていたけど、ある一面は哲学者だったのか…。
哲学と数学、似ているようで似ていない?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/29

いやでも楽しめる算数

いやでも楽しめる算数」を読んだよ。

実のところ、アッシも算数は好きじゃなかったよ。だってさぁ〜、割り算なんてめんどくさくないか?まどろっこしいっていうか。

この本は無理に好きにさせようって本じゃない。ましてや算数の解説書でもない。算数の考え方ってこういうものなんですよっていうのを事例を出しながら説明してくれているよ。だから、難しい数式なんて出ていない。
本来、数学ってシンプルなもの。だって、世の中の事象を一般的なものに取りまとめようとしているんだもの。
だけど算数になると、そこに計算式が絡んでくるから話をややこしくしているような気がするんですけど。

で、さっきの割り算の話。割り算の筆算が本の中で出てくる。
思わず、懐かし〜い〜って感じ。
30年以上前にこんな難しいものに取り組んでいたなんて、小学生も楽じゃないんっスね。

最後にもう一度言う。この本は算数解説書ではない。面白読み物である。
(でも、他のブログでは評判が良かったり悪かったり…。)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004/12/05

仕事ができる人できない人

「仕事ができる人できない人」を読んだよ。

職場でもいろいろなタイプの人がいるよね。あの面ではダメだけど、この面では優れているとか。
万能の人ってめったに居ないから、よい面を見ていこうと思うけど、つい悪い方ばかりに目が行く。これは人間の悲しい性かも。

で、この本はいろいろなタイプの人を筆者なりに分析しているよ。このタイプはできるできないって紋切り型に切り捨てずに、筆者なりの意見でまとめているから好感が持てる。ただあくまでも筆者の独断と偏見だけど。

でもベンチャーの社長って独断と偏見じゃないとやっていけないと思う。誰に相談することもなく自分で未来を切り開く決断が必要なんだから。
アッシもある意味、独断と偏見で行こ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/11/07

行儀よくしろ。

「行儀よくしろ。」を読んだよ。

筆者の私的教育論なんだけど、話は学校教育とか学業とかという観点じゃない。

教育は学校がやるものではなく、社会がやるもの。アッシは基本的にそういうものだと思っていたから違和感はないけど、世間はそうじゃないみたい。
それじゃ、あまりにも荷が重すぎるよ。学校が辛すぎるよ。

で、社会は子供をどう教育するか?それは日本の文化を伝承することにある…と筆者。
確かに昔に比べて行儀が良くなった部分もあるけど、逆にアッシのこの植え付けられた行動規範と異なる現象をあちこちで目にするよね。
結局、個々の行動規範って社会からの教育で影響を受けるものだと思う。その証拠にアッシの同年代は同じ行動規範の人が多いから…。
そう、だから大人が行儀よくしなくちゃ

敗戦が文化の崩れの始まりって筆者が言う。やっぱりそうなのかなぁ〜。何かやりたいことがあるわけじゃないのに「お金が欲しい」と言うのが現代人。
アッシも金は欲しい。でも金はマボロシだよね。有効に使える手法、目的があれば別だけど。

あ〜、なんだか論点が整理できなくなってきた。どっちにしても、アッシが最近気になるのはズバリ「行儀の悪い人」。それだけ〜。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/10/31

地図を探検する

「地図を探検する」を読んだよ。

アッシは地図を眺めるのが好き。地図を読むのが好き。
地図から得る情報からいろいろと空想できるよね。楽しいよね。

で、この本。鉄道廃線後を歩いたり、妙な地名や妙な名前のバス停を訪ねたり。地図からだけでなく、文章からもその地形が想像できるよ。

地図の話から出発して、当然地形の話になるわけだけど、話題は湖の成り立ちとか川が作った河岸段丘とか。さらにはその付近の歴史、行政、地名にまで話が及ぶ。
科目でいうと理科と社会科の世界だね。
学校の勉強もこういうアプローチもあるわけだし。

12チャンネルの旅番組は嫌いじゃないけど、この本とは比べものにならないのは当然か…。